日常の光景と庶民の生活
ケトラ砂漠を越えた二人は昼前にケルコフ共和国に入った。
街中へ入っていくと道の往来には人々が行き交い、道に沿って露店がいくつも立ち並んでいる。
アルはそんな光景を不思議そうな目で見つめていた。
「おいサーシャ、この国の王様のいる城はここから遠いのか?」
何気なく問いかけるアルだったが当のサーシャは両手で杖をつきながら足取りも重く
息を切らせながらなんとか立っているという状態であった。
「ハアハア、お城は……ここから……一時間ぐらいよ、でも……少し……休憩させて……」
疲労困憊といった様子を見てアルはヤレヤレとばかりにため息をつく。
「ハア、仕方がないな。その辺の店で一息つくか」
二人は道沿いの店で一旦休憩を取ることにした。店に入ると店主と思われる中年女性がオーダーを聞くために水を持って来てくれる
それを奪い取るように手に取ったサーシャは一気に喉に流し込んだ。
「プハッ、生き返ったわ」
ようやく安堵の表情を浮かべたサーシャにアルはさりげなく自分の分の水も差し出す。
「口はつけていない、喉が渇いていたのだろう?」
アルの方をチラリと見た後、差し出された水を両手で掴むみ一気に飲み干す
そんな二人の様子を見て店の中年女性が声をかける。
「お客さん達、もしかしてケトラ砂漠を超えて来たのかい?」
「ええ、まあ……」
「あれまあ、それは大変だったね。あそこを越えるのは大の男でも中々大変なのに」
感心しながら二人を見下ろす店の中年女性
サーシャは自分の正体を知られたくないせいか視線を逸らしどことなくバツの悪い表情を浮かべている。
そんな空気を察したのかその中年女性はそれ以上追求することはしなかった。
「それじゃあ喉が渇いているのもわかるね、じゃあ水をたんまり持って来てあげるよ
水ならどれだけ飲んでもタダだしね、その代わり何か注文しておくれ」
フレンドリーな態度でニコやかに話しかけてくる店主に対してサーシャはペコリと頭をさげた。
「ではペトロクアーサージュースを二つください」
「かしこまりました、少々お待ちを」
注文を聞いて店の奥へと引き上げていく店主の後ろ姿をじっと見守った後
ふと視線を移すとアルが何やら興味深げにキョロキョロと周りの光景を見ていることに気づいた。
「どうしたのよ、アル?妙にソワソワしているけれど」
「いや、俺は街に来るのは初めてでな、こんな大勢の人が行き交う場所やこんな多くの露店を見たことは無かった、だから少し珍しくて……」
年齢にそぐわず常に落ち着き払っている普段の態度とは打って変わってやや興奮しているようにも見える
そんな意外な一面を見てサーシャは思わずクスリと笑ってしまう。
「フフッ、貴方って本当に変わっているのね。アルは大勢の人のいるところは初めてなの?」
「ああ、いっぱい人のいるところといえば戦場ぐらいしか行ったことがないな」
何気なく聞いた質問だったがアルは特に抵抗もなく答えた
それがどれほど歪な答なのか自分自身自覚していない様子である。
「御免なさい、無神経な事を聞いて……」
「あ?どうしてサーシャが謝る?別に気にしていないから気にするな。
それより街というのはこんなに大勢の人やいっぱいの店があるモノなのか?」
アルは先ほどのサーシャの言葉を特に気にしている様子はなく興味津々といった様子でキョロキョロと周りを見回している
そんなアルの言動がサーシャの心に重くのしかかって来た。
〈アルは戦いの為に生み出され戦いの中で生きてきた
だから万の敵を前にしたとしてもおそらく眉一つ動かさないだろう。
でもこんな何でもない日常の光景がアルにとっては珍しく好奇心をそそるモノなのだ。そう、アルも戦争の被害者……〉
複雑な思いを抱えながら思わず唇を噛み締めた。しかしそんな気持ちを悟られまいと平静を装い、口を開いた。
「前に私がこの国に来た時はもっと人通りも店も多くて活気があったわ」
「そうなのか⁉スゲーな」
興味津々といった様子でサーシャの方を向くこともなく答えたアルは依然として周りを見回し続けている。
そんな時、店主の中年女性が注文したジュースを持ってきた。
「お待たせ、ケルコフ名物【ペトロクアーサージュース】だよ
ペトロクアーサーには疲労回復の効果もあるからね、お嬢ちゃんにはちょうどいいよ」
人懐っこい笑顔で話しかけてくる店主にサーシャも思わず笑みがこぼれる。
「あの、少々お聞きしたいのですが。私が以前この国に来たときはもっと店も並んでいたし人通りも多かった
何より以前に比べて人々に活気というものが見受けられません、どうしてなのでしょうか?」
何気なく問いかけると先ほどまでにこやかだった店主の顔が曇る。
「まあね、この国もいつリストランテに攻められるかわからないという情勢だからね……」
その言葉を聞いてキョロキョロと周りを見ていたアルの動きがぴたりと止まった。
「ここ十数年は平和だったのにどうしてリストランテは戦争なんかおっ始めてしまったのかね?
その理由はさっぱりわからないけれど私たちみたいなその日その日が精一杯な庶民にとって戦争なんて百害あって一利なしだからね。
いつ攻められるかわからない国に来たがる人は少ない
それ故に今はこの国にくる人も少ないし店をたたんで他の国にいく人間も少なくない
だから人通りも店の数もどんどん減っているってわけよ、おかげでこっちは商売あがったりさ」
彼女は恨めしそうにため息をついた。
「ではこの国には戦争を回避し和平の道をとって欲しいと思っていますか?」
「う〜ん、微妙だね。和平とはいっても相手はバーゼナンデやゲルゼアみたいな超大国を倒してしまったリストランテだからね。
和平といえば聞こえがいいけれど事実上は【全面降伏】、リストランテの属国ということになるだろう?
戦って負けるか、戦わずして負けるかの違いでしかないだろうさ。
そうなったらそうなったで、商売がやりにくいったらありゃしない……」
「そうなのですか?」
不思議に思ったサーシャは質問を続けた。
「ああ、戦勝国の兵士というのは横暴だからね。店で威張り散らして暴れた上に料金も払わないとかいう話をよく聞くよ
そんな客のいる店なんか誰も来たがらないだろう?警察も戦勝国の兵士には強くいえないし取り締まることもできない
やりたい放題というわけさ。いっそ私もこの国を出て別の場所で商売した方がいいのかもしれないと思ったのだけれど
この店はおじいちゃんの代からここでやっているからね、今更この土地を移る気にはなれないのさ……
あっ、ごめんね、嫌な話を聞かせちゃって、気にしないでゆっくりしていっておくれ」
店主の中年女性は愛想よく微笑みながら店の奥へと戻って行った。
先ほどまで浮かれ気味だったアルは深刻な顔でうつむきながら唇を噛み締めている。
それを気遣うようにサーシャが声をかける。
「あまり気にしてはダメよ、アル。それはそうとどうなの?リストランテは近々この国に攻めてくると思う?」
サーシャの問いかけにアルは首を振った。
「いや、それはないだろう。今のリストランテは併合したバーゼナンデと
ゲルゼアの各地で起こっている反乱鎮圧の治安維持で手いっぱいの状態だ
とてもじゃないが他の国に侵攻する余裕は無い、兵の数が絶対的に足りないからな」
「なるほどね、でも今の戦争は魔道士による魔法攻撃が主流じゃない
バーゼナンデとゲルゼアにはそれぞれ三十人近くの魔道士がいたはず
この前の戦いで多くの魔道士が死んだとはいえまだ生き残りはそれなりにいるはずでしょう?
両国を併合した今ならばその魔道士達を使えば兵の数が少なくとも侵略は可能じゃないの?」
そんなサーシャの指摘にアルはゆっくりと首を振る。
「いや、それは無理だ。まず両国に所属していた魔道士達はそれぞれ貴族位を与えられているからな。
【貴族位廃止】と【特権階級撲滅】を掲げているリストランテが今更貴族である魔道士達を前面に押し出して戦うわけにはいかない。
それに父上がかつての仲間である魔道士達に働きかけ【反リストランテ】活動を進めているから魔道士達もリストランテには非協力的だ
リストランテ側もそんないつ裏切るかわからない魔道士達を戦争に使うのは自殺行為だからな」
「そうか、でも今までも少ない兵力で他国に侵攻していたのがリストランテじゃない、だったら……あっ⁉」
何かに気がついたサーシャを見てアルが小さく頷いた。
「そうだ、今のリストランテに戦争ができない最大の理由、それは俺がいない事だ」
アルが静かにそう答えるとサーシャも大きく頷いた。
「そうよね、リストランテの国内が混乱している今が一番のチャンスということね」
「その通りだ。バーゼナンデとゲルゼアを統合したリストランテの国力は類をみないほどの巨大なものとなった
今はドタバタしているが時間を与えて体制が整ってしまえば全ての国が束になっても敵わないほどの巨大国家となるだろう、だからそうなる前に……」
「各国が力を合わせ【反リストランテ連合】を作る事、それが急務というわけね」
「ああ、今のリストランテは俺がいない事を隠し国内も混乱している中で
〈我が国と戦う事は無駄〉とハッタリを効かせている状態、いわば【ハリボテの大国】だ、つけこむならば今しかない」
二人は注文したペトロクアーサージュースを一気に飲み干すとケルコフ共和国の王、バルダークの元へと急いだ。
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