強者と格
テント内では重苦しい空気が漂い嫌でも緊張感が高まっていく
しばらくすると外から何か物音が耳に入ってきた、それは数人がこのテントに近づいてくる足音であった。
「誰か来る……」
その足音は徐々にこちらに近づいてきてテントの前で立ち止まると無造作に入り口の幕を開けた。
「ほう、女とガキか……」
予期せぬ来訪者は数人の男達であった。上半身裸で肩に剣を担いでいる者や頭にバンダナを巻いている者
動物の毛皮を身につけている者と身につけている物や服装もバラバラなので軍隊の人間でない事は見てとれた。
「な、何よ、アンタ達、勝手に人のテントを覗いて‼」
サーシャが強い口調で問いかけるが男達は質問には答えず
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら物色するように二人を見下ろしていた。
「女はまだまだ青いがなかなかの上玉じゃねーか」
「確かにこの女ならばいい金で売れそうだな」
「男のガキの方は奴隷商人にでも売ればいくらか金になるだろうぜ」
全く意思疎通ができない事を悟ったサーシャは男達を睨みつけた。
そんな彼女の態度を見て男達は益々面白がっている様子を見せる。
「お〜怖い、怖い、そんなに睨むなって、売り飛ばす前にたっぷり可愛がってやるからよ」
「馬鹿野郎、お前は女をすぐ殴って傷物にしてしまうじゃねーか」
「そうだぞ、大事な商品だ、丁重に扱えよ」
下卑た笑いを浮かべながら近づいて来ようとする男達、そんな時である。
「死にたくないのならさっさとうせろ、馬鹿ども」
ボソリと口にしたアルのセリフに野盗の男達の表情が歪む。
「あ?ガキ、今なんつった?」
「聞こえなかったのか?さっさとうせろと言ったんだ、このクズども」
まるで虫ケラでも見るような視線で野盗たちを一瞥し淡々と言い放った。
「死にたいのかこのガキ‼」
その言葉が余程腹に据えかねたのか、顔を真っ赤にした一人の男が思わず腰の刀に手をかけた。
「止せ、デボン、そのガキも売り飛ばす商品だ、殺すな‼」
仲間の忠告に何とか思いとどまったデボンはスッと刀から手を放した。
「殺さなければいいのだよな、ザナル?ボコボコに殴り倒すだけならアリだよな?」
「ああ、だがやりすぎて殴り殺すなよ」
ニヤリと笑ったデボンはサディスティックな笑みを浮かべポキポキと指を鳴らしながらアルへと近づいていく。
「という訳だ、残念だな、小僧。しばらくはまともな食事もできないぐらいにお仕置きしてやる。
ボコボコにした後で土下座させて俺の靴を舐めさせてやるからな、へっへっへ」
楽しくて仕方がないと言った様子のデボンだったがそれとは対照的にアルは面倒臭そうにため息をついた。
「ハア、お前ら、見た目も言う事も本当に馬鹿ばかりだな……」
その瞬間サーシャの叫び声がテント内に響く。
「止めなさい‼」
しかし制止するサーシャの言葉に従うはずもなくデボンは大きく振りかぶりアルに殴りかかった。
「止めるわけねーだろうが‼」
だが次の瞬間、デボンの顔が突然吹き飛んだ。
首のなくなったデボンの体は切断面から噴水のように血が噴き出し
まるで糸の切れたマリオネットのように力無くその場に崩れ落ちた。
「な、何だ⁉」
ザナルをはじめ何が起こったのか理解できない野盗達は地面に横たわっているデボンの死体を呆然と見つめている。
サーシャは顔に手を当てゆっくりと首を振りながら思わず呟いた。
「だからやめろと言ったのに……アル、貴方は殺しすぎよ、野盗とはいえ誰これ構わず殺すのは止めなさい」
「あ?何を言っているのだ、サーシャ。こいつらは明らかにこちらに敵意を持って危害を加えようとしてきた
つまり敵だ。敵は殺す、当然のことだろうが」
「でも圧倒的な力の差があるのだから殺さなくてもいいでしょう
アルならば手加減しても余裕で倒せるのだから
罪を犯した者は捕縛し法の裁きを受けさせる、それが正しい社会のあり方よ」
サーシャの忠告に眉をひそめるアル。
「手加減していたずらに時間を長引かせるよりさっさと殺してしまった方が手っ取り早いだろうが。
そもそもこいつらを縛ったまま引き連れてゾロゾロと砂漠を渡れってか?冗談じゃねーぞ」
「面倒とか手っ取り早いとかそんな理由で殺すのは止めなさい。
いいアル、これからはなるべく相手を殺さない努力をするのよ」
敵を倒してサーシャを守ったというのに何故か説教されてしまったアルはどうにも納得できないでいた。
自分たちのことを歯牙にもかけていない二人の態度を見て我に帰ったザナル達は慌ててテント外へと逃げるように出ていった。
「何だ、あのガキは⁉」
「あっという間にデボンの野郎を……」
「お頭を、早くお頭を読んで来い‼」
叫びながら逃げ去る野盗達、だがしばらくすると野盗達はさらに大人数を引き連れて戻ってきたのだ。
「さっきはよくも俺たちの仲間を殺ってくれたな、だがこれで終わりだ、ガキ。
お前も少しは腕に覚えがあるのだろうがウチの頭の強さは半端ないからな、覚悟しろよ‼」
戻ってきたザナルが居丈高に言い放つとアルは再び面倒臭そうにため息をついた。
「ハア、学習しない馬鹿どもだな、全く……」
「殺しちゃダメよ、アル‼」
「わかったよ、全く、面倒臭せえな……」
終始余裕の態度を見せる二人を見て怒りに震えるザナルだったが
何とか感情を押し殺しアルに向かってアゴでクイッと指し示す。
「ここじゃあ大事な女に傷をつけてしまうかもしれないからな、外へ出ろ、ガキ」
ヤレヤレとばかりに重い腰を上げるアルに対しサーシャは念を押すようにアルの腕を掴み真剣な眼差しで見つめた。
「わかっているよ、なるべく殺すなってことだろ?」
「そうよ」
「でもいざという時はやるからな、お前を人質にでも取られたら面倒だし」
「その時は……仕方がないわね、その判断はアルに任せるわ」
心配そうに見つめるサーシャに応えるように小さく頷くと、ゆっくりテントから出る。
外に出ると月が雲に隠れているせいでテント内より暗く夜風のせいで肌寒い。
何処までも続く広大な砂漠の静けさがむしろ不気味さを際立たせていた。
そんな薄暗い夜空の下で一人の男が腕組みをしながら待ち構えるように立っていた。
「何だ?あんなガキにデボンはやられたのか?
しかも大の大人がこれだけ揃ってガキ一人に逃げ出しやがって、恥ずかしくねーのかテメーら‼」
盗賊達の頭と思しき男は背が高く、鍛え抜かれた筋肉質の体をしており雰囲気だけでも他の野盗達とは格が違うことを感じさせる。
「すみません頭、でもあのガキめちゃくちゃ強くて……」
「言い訳するな‼全くどいつもこいつも……」
子分達を一括した男はジロリとアルを見つめた。
「ウチの子分どもを可愛がってくれたようだな、多少腕に覚えがあるようだが世の中には上には上がいるって事をわからせてやる
俺の名はベストランド・ハーディ、元ゲルゼア王国 猛虎騎士団所属の騎士だ」
自信満々に言い放ち愉悦に満ちた笑みを浮かべながら圧倒的な上から目線で見下ろすベストランド。
それも当然と言えば当然で超大国であったゲルゼア王国の中でも最精鋭の猛虎騎士団に所属していたという事は
そんじょそこらの剣士とは格が違うのだ。普通の剣士が束になってかかっても相手にならないほどの強さを持っているという意味である。
それ故に自信満々でもはや勝った気でいるのは至極当然の事なのだが今回ばかりは相手が悪かった。
「元騎士が国を滅ぼされ野盗に身を落とす、よくある話だが分相応という言葉をよく覚えておく事だな」
「あ?何だと、誰に向かって口を聞いている、このガキ」
終始余裕の態度を見せ格上オーラを出していたベストランドだったがアルの挑発にも似た言葉に思わず怒りの表情を見せた。
「ゲルゼアの猛虎騎士団に所属していたのならば俺の顔は覚えているよな?」
薄暗い夜の砂漠でゆっくりと近づいてくるアルにベストランドは目を凝らす。
「あ⁉︎何で俺がテメエみたいなガキのことを知って……」
ベストランドがそう言いかけた時、夜空の雲が切れ、月が顔を見せると月明かりがアルの姿をくっきりと照らした。
その瞬間ベストランドの顔から血の気が引きアワアワと言葉にならない事を口にしながら二、三歩後退りした。
「どうしたのですかお頭?このガキを知っているのですか?」
頭の尋常ではない様子に思わずザナルが問いかけるがベストランドは小刻みに震えながらアルの方を指差した。
「あああああ、悪魔……リストランテの悪魔がどうして……」
ガチガチと震える歯の音が周りの者にすら聞こえてくる程怯えていた。
アルがジロリと睨みつけるとベストランドはもう耐えられないとばかりにクルリと背中を見せ脱兎の如く逃げ出したのである。
思いもかけない展開に呆然として動けない野盗達、唖然としながら逃げていったリーダーの背中を見つめていた。
「おい、お前らの大将は逃げてしまったぞ。で、どうするんだ?
お前らも逃げるのか?それともここでミンチになりたいか?さっさと決めろ」
その言葉によって我に返った野盗達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
野盗達がいなくなり静寂の戻った夜の砂漠でアルはふと空を見上げ月を見つめる
静かになった事で様子を見にきたサーシャが両脇を抱え寒さに震えながらアルに近づいていく。
「終わったの?」
「ああ、相手のリーダーが俺の顔を知っていたので慌てて逃げていった。あえて追わなかったがそれでいいよな?」
「うん、ありがとうアル、私を守ってくれて」
「別に、それが仕事だからな……」
誰もいない砂漠のよるに月明かりが二人を照らし幻想的な雰囲気が漂う
こうして二人は難関と言われたケトラ砂漠横断の旅を無事に終えることができたのである。
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