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勇者がヒモになったなら  作者: ひーらぎ
5章「勇者の使命・ヒモの役目・おれの人生」
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5章「勇者の使命・ヒモの役目・おれの人生」6

今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。


 メルクと交差していた炎剣を弾き返したアルベルトが後ろへステップを踏んだクシャナを切り上げた。修道服が割け、左脇腹へ浅く傷が走る。赤い玉が玉が雨に流れた。

「向こうは苦戦してるみたいだけど……行かなくていいのかしら?」

 クシャナが血の量を目線だけで確認して、遠い前方で魔獣の悲鳴を響かせる戦場を覗く。アルベルトは振り返ることなく、メルクを正眼へ立てる。

 ――炎の壁が出なかった? 数を打てば行けるッ!!

 体内の酸素を集めて、クシャナへ飛び出た。

「頼んだら行かせてくれるの?」

「あたしを倒した後ならお好きにどうぞっ!」

 炎剣にメルクが止まる。

「じゃあさっさと死んでくれないかな!!」

 メルクで炎剣を打ち返し、首を跳ねるように払い切る。

 泥を跳ねて身体を逸らしたクシャナが両手の平をアルベルトへ向けた。

「それじゃあ頑張ってあたしを殺してみなさいよ」

 左右から挟み込む軌道を描いた火球を跳躍で躱し、メルクを振り下ろす。刃が触れる間際、絶対防御の壁がクシャナを守るよう展開――斜めに分断された壁から炎の槍を握るクシャナが現れる。

「その魔力反則だろ!!」

「分けてあげようか?」

「いらないよ、そんな汚い魔力!」

 上体を大きく逸らしたブリッジの要領で槍を回避。

「魔力に頼らなくてもやりようならいくらでもあるさ」

 壁を割き払おうと左手へ込めていた力を抜き、メルクを手放した。

 ――隙を狙う攻撃ならやれるかもしれない。

 掬うようにメルクを右手で掴む。がら空きの足を真横に切る。すぐさま炎の壁が手を伸ばした。

「悪くはないけど……まだまだよ」

 口元へ得意げな笑みを浮かべたクシャナ。

「こうすればもう逃げられないわよね」

 メルクの刀身を包むように炎の壁が侵食を始めた。

 身体ごと強く引き寄せられる感覚にアルベルトが両目を剥く。一度長い呼吸を挟んで、メルクへ魔力を流し込む。淡い黄金色に光った刃が炎を吹き飛ばした。

 バックステップでクシャナへ距離を取る。

 ――マズイな、今の魔力開放はマズイ。

 上がった呼吸を悟られぬよう顔を拭い、ゆっくり体内へ酸素を送り込む。

 片目でチラリと伺った背後では変わらずギブソンとコトハがバカみたいな数の魔物を相手に奮闘していた。しかし四方を囲まれた状態から抜け出すことができないようで、数に押し潰されるるのは時間の問題と言ったところだ。

「早く倒れてくれないと困るんだけど」

「だから倒していいって言ってるじゃない」

 両手から放たれた火炎が闇を切り裂く。視界が燃えるような赤に塗り潰されたと思った瞬間――無数の炎槍が飛んできた。メルクで一つ一つ落としていると、

「遅いわよ、もう疲れたのかしら?」

 背中へ禍々しい魔力の気配を探知。刹那――首元へ炎鎌がかかった。しゃがんで回避するも、噴火を思わせる爆発に足元が消滅する。、

「クソッ!!」

 間一髪、跳躍してやり過ごしたアルベルトだったが、

「こっちよ」

 頭上からの声に反応が間に合わず小さな太陽が全身を焼き焦がした。ひび割れた地面へ叩きつけられ、口から鮮血が吹き出る。

「なんだよこれ……」

「力よ。これが魔王の力」

 眼前へ立ったクシャナの膝が鳩尾を抉った。胃液をまき散らし、ボロボロの身体がゴミのように転がる。メルクを支えに起き上がると、コツコツ足音を鳴らしたクシャナが、

「あらまぁ」

 驚きと歪んだ喜びを混ざた顔をする。

「まだ立ち上がるなんて、さすが勇者ってところかな」

「当たり前だろ……お前を殺すまでは……」

 呼吸を繋ぎ合わせて精一杯の強がりを演じる。しかし誰が見てもわかるように戦況は絶望的だ。生きているのが奇跡的と思える状況に、クシャナの手加減さえ垣間見える。

 それがアルベルトの戦意をより逆なでする。しかし、

 ここで飛び込んでもまたやられるだけだ。

 アルベルトは今に踏み出しそうな右足を踏ん張らせ、僅かな勝率を手探り寄せようと思考を深い海に沈めた。

「立ってるのが限界ってとこかしら? ならもう終わりにしたほうがいいわよね」

 クスクス肩を震わせたクシャナの右手へとぐろを巻いた紅蓮の龍が踊る。雨粒が蒸気に消え、熱気が数メートル離れたアルベルトの肌をジリジリ焦がす。

 蜃気楼の先へ立つクシャナを鼻で笑い、メルクを持つ手へ力を込める。

「まさか。お前にはどの死に様がお似合いか考えてただけだよ」

 ――考えろ、考えろ、考えろ。

 一歩、二歩、確実に迫る死の旋律に全身の筋肉が悲鳴を上げるように強ばりだした。もう何度クシャナを前にメルクを握り直したかわからない。そしてその恐怖を指で掬って、死の味を堪能したように笑うクシャナが目尻を緩ませた。

「お手上げかしら? でも楽に殺してあげないわ、じっくりじっくり、殺し尽くしてあげる。魂が焦げて、灰になるほどに」

「よく喋るな、淋しいのか?」

 死ぬ、殺される、負ける……。

 負ける? この戦いでの敗北はなんだ?

 脳裏へ過ぎった思考へ、アルベルトが遠ざけていた戦いの意味に手を伸ばす。

 ――そうだ、こいつを殺すよりも、

「強がっちゃって。もういいわ、その口黙らせてあげる」

 火炎を纏った龍が一直線にこちらへ飛んできた。

 メルクを下段へ構えたアルベルトが特攻丸出しに駆け出す。

「諦めたのかしら?」

「どうだろうね」

 この戦闘においての敗戦は深雨の死だ。

 なら今自分がやることはひとつ。

 ――やるしかないよな。

 残りの魔力、その全てをメルクへ流し込む。

 全身の骨、関節、筋肉が軋み、神経が断裂するような痛みと引換えに、メルクが闇を切り裂き、熱気を振り払う強烈な閃光を弾かせた。周囲が黄金一色に塗り潰される。

 爆発的に吹き出す魔力に押され――アルベルトの視界が瞬間的にゼロになる。

「消し飛べぇぇぇ!!!」

 瞬きする間もなく映った火炎龍へ聖剣メルク最大の力を込めた斬撃を放った。鋭い牙を剥き出した龍と斬撃が、互いの色に景色を塗り替えようと火花を散らす。

「邪魔だァァァァァァ!!!」

 力任せに振り抜き――竜の胴体が頭から縦に裂かれ、背後がオレンジ色に染まる。熱の混ざった雨粒を肌へ受けたまま、射程圏内へ捉えたクシャナへ更なる一歩を重ねる。

「あら、驚いたわ」

「勇者だからね」

 放出され続ける魔力の勢いに、身体の全てがちぎれそうだ。顔をしかめながらメルクを振り上げた。

「終わりだァァァ!!!」

「でもどうかしらね」

 炎の壁が発現。

 違う、それまで全身を守ろうとしていた壁が一箇所に集中しているのだ。メルクだけをピンポイントで受け止める鉄壁の盾。

 アルベルトは全体重を乗せて、盾にメルクを押し付けた。

 魔力同士がせめぎ合い――しかしその瞬間は思った以上にあっけなく幕を下ろした。

「うそ……」

 クシャナが虚を突かれたように喘ぎ、急に軽くなった衝撃に目を見開いた。

「だから終わりって、そう言ったじゃない」

 腕へ掛かる負担が綺麗さっぱり無くなったアルベルトが疲弊しきった声で呟き、クシャナの真横を抜ける。背後で自由を得た鉄の塊、メルクの転がる音を聞く。

 アルベルトは振り返らず、桜の木へ寄り掛かって眠る深雨を抱き抱えた。

「最初からおれの目的は深雨さんだから」

「ゆ、勇者のくせに……!!」

「勇者とかどうでもいいよ、そういうの。今のおれは勇者なんてカッコイイものじゃないんだから。だからカッコ悪くても惨めでも……なんでも構わない。逃げる!!」

 桜並木の終わりへ走り出した。

 この一本道を抜ければ、古い民家が立ち並ぶ住宅地へ出たはずだ。一先ずそこへ逃げ込んで、逃げ込んで――もうあとで考えればいいや。それより今は!

 再びメルクを抜刀する魔力はもう残っていない。今できることは逃げるのみ。

 アルベルトは余計なことを頭から消し去って、ただがむしゃらに一本道を駆け抜けた。


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