3章「初夏の海と彼女の過去」4
今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。
「それで、本当の目的はなに?」
ガタンゴトン、と揺れる電車内は幾つもの寝息で満たされていた。その中で起きている人影が三つ。ギブソンとコトハへ向かい合って座ったアルベルトが訝るような目つきで訪ねた。
「本当の目的? なんだそりゃ」
道化のように肩を竦めるギブソンの脇腹へコトハが肘を入れた。
「無駄よ」
「……やれやれ」
ギブソンが盛大な溜息をして、足を組み替えた。
「いつから気付いてた」
「海が見たい、なんて理由でギブソンが海に来るわけないって思っただけだよ。コトハさんだけだったらわからなかったけど」
「そうかい。別に大した理由じゃ……いや、大した理由か」
含むように吐息してから、両膝へ腕をついて眉間を支える。
「この世界じゃ全ての命は海が発祥らしい。つまり巨大なエネルギーに満ちてるわけだ」
一度間を作ったギブソンの視線に気づき、アルベルトが肩へ凭れる深雨へ目をやる。すぅすぅ寝息を立てる深雨は全く起きる気配がない。どんな夢を見ているのか目を綻ばせている。目元へかかる髪をそっと耳へ流してやってから、隣のボックス席のクシャナたちをチラリ。
三人も海で遊びすぎて疲れたらしく、可愛らしい寝顔が並んでいた。まるで姉妹のような微笑ましさに意識が向きそうになるのをコトハの咳払いが引き止めた。
「ごめん、大丈夫。みんな起きる気配ないよ」
「……ならいいか。続けるぞ」
誰も聞いていないことに安堵したギブソンの双眼が再び剥く。
「海でなら魔力の回復も期待できるかも、そう思って来たわけだが……そううまくはいかねぇよな」
「言ってくれてもよかったのに。隠す意味なんてないでしょ」
「なに、いい報告をしてやりたかったってだけだ。これで魔力が貯まりませんでしたじゃ事態が深刻化するだけだろ。これで、俺らはいよいよ体内の魔力でしか戦うことができなくなったわけだ。その意味、わかるよな?」
強い眼力にアルベルトが一度言葉を躊躇ってしまう。胃の辺りまで落ちてきたものをもう一度口へ運ぶにはしばしの沈黙を要した。その間を埋めるようにギブソンが続ける。
「ここでもし魔王、魔獣が現れたとき、俺たちはかなり苦戦を強いられることになる。アルベルト、聖剣は抜けるのか?」
重なる質問にアルベルトが膝下へ目を落とした。固く拳を握り締め、ようやく事態の深刻さが身体へ馴染んでいくのがわかる。
「抜くだけなら……多分」
確証はない。半ば強がりだ。
それを見抜いてか、ギブソンが表情をそのままに言葉を重ねる。
「魔力を使っての攻撃は?」
「……」
「魔法は使えるのか?」
「……」
「そういうことだ」
抑揚を抑えたギブソンへコトハが吐息を投げた。
「平気よ、アルくん。まだそうと決まったわけじゃないから。引き続き調べるしね」
安心させるように笑うコトハへ曖昧に頷いて、深雨を流し見る。
もし戦うことになって、自分が死んだら――この人はどれだけ泣くのだろう。泣いてくれるだろうか?
品田アルトではない自分に彼女は流す涙を持ってくれてるだろうか?
勇者としての役目を投げ捨てた思考に気付いたのは電車が地元の幾つか前の駅へ停車した時だ。どれだけ無言でいたのか、思い出したように顔を上げてみる。既に話は終わっていたらしく、窓際のギブソンがぼうっと外の風景を眺めている。
「戦うよ……だとしても」
絞り出すように言うと、ギブソンが短い間隔で瞬きした。
「そうかい」
たったこれだけのやり取りだが、幾分か自分の中の勇者が戻ってきた気がした。
「ふふ、アルくん。今は今の生活を大事にしなね」
「えっ……あ、あぁ」
不意に口元を抑えたコトハへ首を傾げる。すぐ右腕へ重みが加わった。いつの間に右腕を抱き枕にされていたらしく、つい平和的な笑みをしてしまう。
「うん……」
「向こうではずっと戦ってたんだもの。小休止よ」
「……ありがと、コトハさん」
もう少し、勇者を休んでもいいかのな……。
「あるとぉ……」
ぼやけた深雨の寝言へ目を細め、再び動き出した景色に目を投げてみた。




