第45話 聖女、地竜討伐へ
レオンハルトがクリスの靴を脱がせて足を検分している様子を見たドゥーガルが頭を抱えていた。
「団長、何やってんだ…」
「騎士団では、通常業務ですね」
ガレスが、淡々と返す。
「夜会では、通常じゃねぇ…」
だが、クリスは、まるで気づいていなかった。
「団長、見えます?」
「……靴擦れだな、確かに痛そうだ」
レオンハルトは、静かに答えた。
「歩けるか?」
「頑張れば歩けます」
周囲では、貴族たちのざわめきがさらに大きくなっていた。
「聖女様は、平気なのですの…!?」「なんて、大胆な…」「もう、婚約でもなさるおつもりかしら?」
その中で、クリスだけがいたって普通の様子だった。
「靴擦れ、すぐ治るでしょうか?」
そこへ、国王の声が響いた。その声色はやや面白がるような響きだった。
「騎士団長!」
「は!」
レオンハルトは、片膝をついたまま姿勢を正し、次の言葉を待つ。
「そこは医務室ではないぞ!」
「(!)…失礼いたしました」
国王は、笑いをこらえるように口元を歪めて独り言を呟いた。「職業病、というやつか」
大広間には、恋の話として盛り上がる貴族たちと、部下の怪我を診るように足を検分する団長と、上司に足を見てもらっているとしか思っていない女公爵と、それぞれ違う温度の視線が入り混じっていた。
大広間の灯りの下で、女公爵クリスティーナは、父の手を離れレオンハルトの隣で、確かに初めての一歩を踏み出していた。踏んだのは、互いの足だったが。
ーーー
夜会からひと月ほどが経った頃、執務室に一通の親書が届いた。差出人は、隣国のエルダーヴェイル辺境領。
ガレスがそれを開封しながら眉を寄せた。
「団長、これは…」
レオンハルトは、書状に目を通し表情を険しくした。
「国境沿いの村が、次々と飲み込まれている、か」
「飲み込まれている、とは?」
クリスが、横から覗き込む。
「地が割れているそうだ」
レオンハルトは、地図を広げながら書状の内容を追う。
「地の底から古の魔獣が蘇り、這い出てきている、と。しかも規模が大きすぎる。これはエルダーヴェイル単独では抑えきれんだろう」
ガレスが書状の別の一枚を差し出した。
「もう一つ。辺境伯家からも私信が届いています。差出人は―ヴァレリー・エルギン」
私信にはこう記されていた。
「地竜の出現、久しぶりに大物よ。うちの兵だけじゃ手が足りない。もし団長たちの手が空いてるなら力を借りたいわ。あの子も連れてきてくれると嬉しい。―ヴァレリー」
謁見の間で、国王アルベリック・アルドビー三世は親書を静かに読み終えた。
「王国騎士団に出動を命じる」
宰相が僅かに眉をひそめた。
「陛下。国境を越えての派兵は…」
「良い。隣国の危機を見過ごして、後で恩を仇で返す真似はしたくない」
国王は、迷わず答えた。
それから、レオンハルトへ視線を向けて言葉を続けた。
「聖女も連れて行くか」
「本人が、望むのであれば」
クリスは、少し考えてから、まっすぐに答えた。
「行きます。困っている人がいるなら、行きます」
ーーー
出立の前夜、じぃじは旅支度をするクリスを静かに眺めていた。
「地竜の話、聞いたぞ」
じぃじは、しばらく黙っていたが、やがて静かに続けた。
「無理はするな。お主の力は、無尽蔵ではない。使うたび、確かに何かが磨り減っていく。ワシにはそれが分かるからの」
クリスは、少し驚いたように、じぃじを見た。
「…知ってたんですか」
「儀式の日、お主がルゥに寄りかかっておったのを見た。誰も気づかんでもワシは気づく」
じぃじは、クリスの肩にそっと手を置いた。
「勝つことより、帰ってくることを優先せい」
エルダーヴェイル辺境領、国境の村へ到着した一行を出迎えたのは、疲弊しきった領主と避難民の村人だった。
「よくぞ、参られた…!もう、既に三つの村が地に飲まれました…」
領主は、涙を堪えるように頭を下げた。
領地の地面には巨大な亀裂が走り、その奥から赤黒い瘴気が絶えず噴き出していた。その夜、亀裂の奥から巨大な影が這い出てきた。岩のような鱗、地を這う長い体躯、咆哮が響くたびに大地そのものが震えた。
「来るぞ!」
レオンハルトが、剣を抜いた。
「隊列を崩すな!」




