第46話 巨大化ルゥと討伐からの帰還
避難民の中の老人が瓦礫の下敷きになりかけていた。
「危ない!」
クリスは、迷わず駆け出したが、地面大きく盛り上がり、老人の体をそっと持ち上げていた。
地竜が再び咆哮し、村の中心へと突き進んでくる。
「クリス!本体を、頼めるか!」
「はい!」
炎、水、風、大地―四つの力が同時に、クリスの周囲で渦を巻いた。大地が隆起し、動きを封じる。水の奔流が瘴気を洗い流し、風が村人たちの逃げ道を作り、炎の壁が突進を受け止める。だが、地竜はこれまで討伐してきたどの魔獣とも違った。一撃で怯んでも、すぐに立ち直り亀裂の奥から次々と力を汲み上げているようだった。
「……終わらない」
クリスの息が次第に荒くなっていく。そして、視界の端がじわりと滲んだ。
「―ルゥ!」
ルゥが光をまとい、巨大な白銀の姿へと変わり、地竜の眼前にまっすぐ舞い降りた。ルゥの咆哮と、地竜の咆哮がぶつかり合い、地竜が大きく怯んだその一瞬。
クリスは、地を蹴った。腰の聖剣に手をかける。
(アロイシャス様。少しだけ力を貸してください)
鞘から抜き放たれた刃が白く輝いた。ルゥの背を借り地竜の眼前まで駆け上がり、剣を振り下ろす。
一閃。地竜は、大きく身をよじり、地の亀裂の奥へと崩れ落ちるように沈んでいった。
静寂が、戻ってきた。
「クリス!」
レオンハルトの声に、振り返る間もなくクリスの膝ががくりと折れた。
「……あ」
視界が真っ白になる。剣を握る手から力が抜け、地面が近づいてくるのをどこか他人事のように見ていた。
レオンハルトが、間一髪その体を抱き留めた。
「クリス!!」
「…団長…すみません…ちょっと、力を使いすぎました」
クリスは、微かに目を開けた。
「ちょっと、ではないだろう!もう、動くな。」
レオンハルトは、静かに、けれど有無を言わせぬ声で言った。
領主や避難民たちから感謝の声が次々とかけられた。
「聖女様…本当に、ありがとうございます…!」
クリスは、レオンハルトに支えられたまま、小さく頷くことしかできなかった。
そこへ馬蹄の音が響いた。
「―待たせたわね!」
土煙を上げて駆けつけたのは、鎧姿のヴァレリーだった。
「あら…もう終わってるじゃない。私の出番なかったわね」
剣を鞘に収めながら駆け寄ってくる。
「まったく、無茶するんだから。でも、助かったわ。ありがとう。」
少しだけ、誇らしげに笑った。
「…ヴァレリーさんも、格好良かったです」
クリスが、掠れた声でそう返すと、ヴァレリーは、満足そうに胸を張った。
「でしょう?」
野営地の焚き火のそばで、ガレスが静かに口を開いた。
「団長。地竜の討伐正式な報告が必要ですね」
「分かっている」
レオンハルトは、眠るクリスの傍らに膝をついたまま、答えた。
その夜、遠く離れた国境の村の空に星が瞬いていた。長い一日がようやく終わろうとしていた。
ーーー
騎士団一行は王都へ戻り、クリスは当たり前のようにブレイバーンの家への門をくぐった。玄関先では待ちくたびれたような顔でじぃじが現れた。
「リリティーネ、随分活躍したそうじゃな。怪我もなくよう帰った。しばらくゆっくりできるのじゃろ?」
「ゆっくりしたいけど、明後日からまた王城で領地経営の講義に行かないと」
「明後日からまた講義か。休む暇もないのう」
「女公爵って、もっと暇だと思ってました」
クリスは騎士団に所属しつつ、女公爵としての教育を同時進行で進めていた。
数字や領地経営の話には、最初こそ「…眠くなります」と正直な感想を漏らしていたが、次第に、要点だけを掴んで判断する要領を身につけていった。教師をつけた前公爵は、その様子を見て「筋は悪くない」と満足げに呟いた。




