第40話 公爵家の愛情、実は重かった
グランヴァルトの屋敷を出る頃には日が傾いていた。
クリスは、布に包まれた聖剣を抱え、来た時と同じ裏門をくぐって王都へと戻った。
(…重い)
アロイシャスの聖剣は物理的にも精神的にも重かった。別に要らないんだけどな…しかし前公爵の顔を見たら全く断れる空気ではなかった。そう思いながらも、律儀にその剣を抱えたままクリスはブレイバーンの家のドアを叩いた。
「おかえりじゃ、リリティーネ」
じぃじは、いつも通りの調子で扉を開けた。
「…ただいま」
じぃじの視線が、クリスの抱えた包みへ落ちる。
「大そうな荷物を抱えておるが、一体その包みは何じゃ?」
「…グランヴァルト家でもらいました」
不可思議な顔でクリスをみつめるブレイバーンに、クリスは諦めたように布をそっと開いた。剣が夕陽を受けて静かに輝いた。
じぃじは、しばらく無言だった。
「…………お主」
じぃじの声が、僅かに震えた。
「王国一級品の聖剣を、そんな顔で持って帰ってきたのか!!」
「そんな顔?」
「今にも『いらない』と言いたそうな顔じゃ!」
クリスは、小さく息を吐いた。
「…仕方ないじゃないですか。欲しくもないのにあんな顔で渡されたら…受け取る他なかったんです」
じぃじは、しばらく聖剣を眺め、それからふっと笑った。
「まあ、部屋の隅にでも、立てかけておけばよかろう」
「…それでいいんでしょうか」
「別に、毎日崇める必要はあるまい。お主の剣じゃ。好きに扱えばよい」
その一言に、クリスは、少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
「…そうします」
重かったのは剣そのものだけではなく、そこに込められた十二年分の想いだったのだろう。ブレイバーンの言葉を聞いた今、それを持って帰ってきたことをなんとなく悪くないと思えた。
家族との対峙を終えても、クリスは公爵家に戻ることはなかった。それは最初から決めていたことだった。
クリスの母は、それでも屋敷の一室——かつてクリスの部屋になるはずだった長女の部屋を密かに整えていた。いつでも帰ってきていい、とは一度も口にしなかったが、その部屋は常に清掃され、美しい花が活けてあった。
そして、その想いは父も同じだった。何かの折に王都の様子を遠回しに使いに尋ねさせていた。
前公爵だけは少し違っていた。自分に孫娘を迎える資格などないことを薄々分かっていた。だからこそ何も言わなかった。
翌日、ブレイバーンの家の戸を、けたたましく叩く音がした。
「グランヴァルト公爵家より、お届け物でございます」
戸を開けたドイルさんの目の前には、荷馬車が何台も並んでいた。次々と運び込まれる木箱にドイルさんは目を丸くした。
「えっ、まだあるの!?」
クリスも、思わず天を仰いだ。
「…また、来たんですか」
箱を開けると、見たこともないほど上質な肉、艶やかな魚、香り高いキノコ、宝石のように輝く珍味、そして異国の果物が、ぎっしりと詰まっていた。
じぃじも、しばらく固まっていた。
「…これは何じゃ。」
ドイルさんは、困り顔で肉の塊を持ち上げた。
「旦那様…わたくし、これ、どう料理したらいいんでしょう。焼けばいいのかしら?でも、こんな高そうなお肉、焼いていいの?煮ちゃダメよね?」
クリスも、箱の中を覗き込んだ。
「…私にも、分かりません」
そこへ、箱の隅から、一枚の紙片が見つかった。『公爵家料理長より』と記されている。
「こちらは表面のみ軽く焼いてお召し上がりください」「こちらは生食用でございます」「こちらは、三時間煮込んでからお召し上がりください」
ドイルさんは、思わず声を上げた。
「説明書まで付いてるわ!」
数日後、今度は屋敷から、一人の料理人がやってきた。
「料理長のバーナビーでございます」
ドイルさんは、目を丸くした。
「え?」
「旦那様より、『ドイル殿を困らせてはならん』との仰せで参りました」
高級食材を送る。料理できないかもしれない。ならば料理人も送ろう—その発想の一直線さに、クリスは思わず苦笑いした。(…そういうところ、変わらないんですね)




