第34話 神獣オタク、登城する
王城の執務室では、報告書に目を通していた国王アルベリック・アルドビー三世の指がある一文の上で止まった。
「…クリスティーナ?」
側に控えていた侍従長が静かに頭を下げる。
「グランヴァルト公爵家の家系図と、照合いたしました。長女クリスティーナ・グランヴァルト。三歳を過ぎたあたりで公的な記録が途切れております」
国王は、しばらく黙って報告書とグランヴァルト家の家系図を並べて見つめていた。
「白き魔力の少女」と「消えた公爵令嬢」が、静かに一本の線で繋がっていく。
「…そうか」
それだけ言うと、国王は報告書を閉じた。
「侍従長、王国騎士団長のレオンハルト・ヴァルディスを呼べ」
侍従長は一礼し、それから続く言葉を待った。国王は少し間を置いてから、言葉を継いだ。
「それから…グランヴァルト現公爵夫妻にも登城を命じよ。前公爵もだ」
侍従長が、僅かに目を見開いた。
「…公爵夫妻と、前公爵も、でございますか」
国王は、静かに頷いた。
「この件は、神殿や騎士団だけで判断するものではない。あの娘の過去を知る者たちからそれぞれ話を聞く必要がある」
「本人の意思も聞かねばなるまい」国王は、窓の外へ目をやった。「この娘は、もう十分に大人たちの手で運命を決められてきたのだろうからな」
ーーー
数日後。
謁見の間にまず姿を見せたのは公爵夫妻と前公爵だった。
「グランヴァルト前公爵、並びに現公爵ご夫妻が登城されました」
呼び出された三人は、そろって深く一礼した。前公爵は、両手に分厚い革の鞄を抱えていた。宰相が、僅かに眉をひそめる。
「…その荷物は、何ですかな」
「資料です」前公爵は、表情ひとつ変えずに答えた。
「今回はおそらく、孫の件かと存じましたので」
国王が、静かに切り出した。
「グランヴァルト殿」
「はい」
「お主の孫であろう」
「…はい」
「なぜ、あのような娘が身分を隠し一兵卒として騎士団におった」
国王の声は、怒鳴るでもなく、ただ静かに事の重さだけを伝えていた。
「王国最高峰の魔法の家に生まれた娘が、何故だ。お主の家では何が起きていた」
沈黙が落ちた時、クリスティーナの父が一歩前へ出る。
「…私どもの過ちにございます」
言い訳はしなかった。
前公爵は、しばらく黙っていたが、それから静かに口を開いた。
「…陛下。私は、あの子を恐れたのです」
国王は、僅かに眉を寄せた。
「魔力をか」
「いいえ、失うことを、です」
前公爵は、首を横に振った。
その一言に、謁見の間が、束の間静まり返った。
そして、前公爵が静かに鞄を開いた。ガサガサと、次々に本が取り出されていく。『神獣誌』『禁書写本』『古代魔術概論』『神域考察録』
宰相が、思わず声を漏らす。
「…まだ、あるのですか。」
「ございます」
前公爵は、老眼鏡を指先でくいと押し上げた。
「では、説明いたします」
父が、小さく額を押さえた。(…始まってしまった)
「父上、また神獣の話を…今は、国王陛下の御前です」
だが、前公爵はもう止まらなかった。父のこの反応には慣れている。しかし、これまで止められた例しがないこともクリスティーナの父は誰よりもよく知っていた。
「まずこちらをご覧ください。『白き魔力を持つ者』—これは第三写本でございまして、第一写本との相違点は…」「なお神獣について申しますと、アロイシャス・グランヴァルトの時代には…」この時代の神獣信仰は…」「ちなみに神獣は…」
その口調は、最後まで厳かだった。声は低く、姿勢も崩れない。だが、語る速度だけが明らかに常軌を逸していた。半刻が過ぎてもなお、その口調は滑らかに続いている。
宰相が、思わず「陛下」と割って入ろうとする。国王は片手だけを上げてそれを制し、最後まで黙って聞き続けた。
一刻ほどが経った頃、ようやく前公爵の言葉が途切れた。
「…つまり、わしは、神罰が一族へ及ぶと解釈し…」
国王は、しばらく何も言わなかった。それから、静かに一言ずつ区切るように尋ねた。
「つまりお主は、禁書を信じたというわけだな?」
「…はい」
「孫を、信じずに」
前公爵は、何も言えず表情を硬くした。返す言葉はどこにもなく、老眼鏡をそっと静かに台の上へと置いた。




