第26話 辺境から来た剣姫
朝の点呼に見慣れない顔が一つ交じっていた。
背筋をぴんと伸ばし、他の誰よりも早く整列し、溌剌とした笑顔で立っている。艶やかな栗色の髪を高い位置で一つに束ね、佩剣の柄には見慣れない紋章—エルギン辺境伯家の紋章が刻まれていた。
ガレスが名簿を片手に、淡々と紹介する。
「本日より一時的に配属となった、ヴァレリー・エルギンだ」
「ヴァレリー・エルギンです」
名乗る声には迷いがない。
「エルギン辺境伯家の嫡子として、いずれ家を継ぎます。短期間ですが、王都で研鑽を積むよう父に命じられました」
騎士たちの間に、小さくざわめきが走った。辺境伯家といえば、代々魔獣の脅威に晒される最前線を守り続けてきた家柄だった。その嫡子がわざわざ王都の討伐隊に籍を置くとは。
ドゥーガルが、隣のクリスに小声で耳打ちする。
「辺境伯家の跡取りが、なんでまた」
「さあ」
クリスは、素っ気なく答えた。今のところ他人事だった。
けれどヴァレリーの視線が、ふと執務室の扉のほうへ向いた。ちょうどレオンハルトが姿を見せたところだった。その瞬間、ヴァレリーの表情がはっきりと変わった。頬に赤みが差し、握った拳にわずかな力がこもる。
「お会いできて、光栄です!」
声が、それまでよりも一段、弾んでいた。
「お会いできて、光栄です!
子供の頃、辺境へ討伐に来られたレオンハルト様のお姿を、今でもよく覚えております。あの頃の私はまだ幼く、父に連れられてご挨拶しただけでしたが、魔獣の群れを単騎で退けられたお姿は、今でも目に焼きついております」
レオンハルトは、いつもと変わらぬ調子で頷いた。
「そうか、しばらくの間だが、よろしく頼む。討伐は数がものを言う。無理はするな」
それだけだった。世間話の延長のような、素っ気ない一言。けれど、ヴァレリーにとってはそれで十分らしかった。頬を染めたまま、深々と頭を下げる。その様子を、少し離れた場所からクリスが眺めていた。
「……」
なぜか、目が離せなかった。理由は、まだ分からなかった。
数日後、訓練場にはいつもより人だかりができていた。
「模擬戦を、お願いできますか」
ヴァレリーが、まったく物怖じしない声で真っ直ぐにレオンハルトへ願い出た。
「エルギンの家では、実戦に勝る稽古はないと教わって育ちました。もしよろしければ、団長の太刀筋を、この目で確かめたいのです」
レオンハルトは、少し意外そうに片眉を上げた。
「俺と、直接か」
「はい」
「怪我をしても、責任は問わないな」
「望むところです」
その即答に、レオンハルトは小さく笑った。
「気に入った。やろう」
団長が自ら胸を貸すことは滅多になかったため、周囲はどよめいた。
木剣を構えたヴァレリーの姿勢は、無駄がなく重心も低く、綺麗に決まっており、実戦で鍛えられた動きだと一目で分かるものだった。
「――はじめ!」
ガレスの合図と同時に、ヴァレリーが踏み込む。速い。だが、レオンハルトはそれを軽く受け流し、体勢を崩したところへ木剣を突きつけた。
「そこまでだ」
「…お見事です」
ヴァレリーは、悔しさより先に、感嘆の息を漏らした。
「辺境でも、これほどの太刀筋には出会ったことがありません」
レオンハルトは、木剣を下ろしながら、素直に頷いた。
「筋はいい。実戦向きの動きだ。辺境で磨かれたんだろう」
その一言に、ヴァレリーの顔が、ぱっと輝いた。
「ありがとうございます!」
そのあまりにも素直な喜びように、周囲の騎士たちから小さな笑いが漏れた。誰に対しても物怖じせず、思ったことをまっすぐ口にする。そんなヴァレリーの裏表のない態度は、いつの間にか騎士たちの間にも好意的に受け入れられつつあった。




