第22話 ここにいてもいい
レオンハルトは、しばらくその頭を見つめていた。
「……謝ることではない。お前の事情なんだ」
「え?」
「魔法の腕は確かだ。お前は騎士団にいなくてはならない人材だ。性別が何だというんだ」
その言葉に、クリスは顔を上げた。
「怒らないん、ですか…」
「怒る理由なぞない」
レオンハルトは、そこでふと視線を逸らした。
「ただ…今後は、女性用の装備に変えてもらう。それと―今後、なるべく俺の近くにいろ」
クリスが目を瞬く。
「……団長の近くに?」
「ああ」
「えっと…なぜですか」
「……」
レオンハルトは詰まった。なぜ?と聞かれると困る。危険だから、部下だから、そう言えばいいだけのことなのに、口から出てこない。
「…あっと…ブレイバーン殿に頼まれている」
クリスは、少しだけ表情を緩めた。それは、安心したからではなかった。守ってもらえると思ったからでもない。ただ、覚悟していた言葉を聞かずに済んだからだった。「君は騎士団にはいられない」「騙していたのだから、当然だ」―そう言われることをどこかで覚悟していたのだ。けれど、レオンハルトはそう言わなかった。「性別が、何だというんだ」という一言が、ずっと自分にはなかったものを少しだけ与えてくれた気がした。ここにいてもいい、という許しを。
「…はい」
ガレスが、テントの外でこっそり呟いた。
「分かりやすい人ですね、団長は」
その声は、誰にも聞こえていなかった。
―数日後。
討伐を終えた一行は、無事に王都へと戻ってきた。騎士団本部の食堂ではミセス・ベイクウェルがいつも通り腕を組んで待ち構えていた。
「聞いたわよ、怪我したんだって?」
クリスは、少し身構えた。
「…はい。それと、その、女だっていうことも、もう…」
「知ってるわよ、そんなの」
ベイクウェルは、あっさりと言った。
「面接に来た日から分かってたわよ。あんな細い手首、男の子のわけないでしょう!」
クリスは、目を丸くした。
「…ベイクウェルさんも?」
「この歳まで、何人の子を見てきたと思ってるの」
ベイクウェルは、鼻を鳴らして笑った。それから、少しだけ声を落として真顔になった。
「これまで一人で抱えてきたこともあるんでしょう。女の子ならではの悩みだって出てくるわ。そういう時は私に言いなさい」
そう言いながらベイクウェルさんは自身の胸をバーンと叩いた。
クリスは、少し驚いたように、その顔を見つめた。
「…ありがとうございます」
「礼はいいから、ちゃんと食べること!」
ベイクウェルは、いつもの調子に戻り、皿にパンを山盛りにして押し付けた。
ーーー
王都の一角にある小さなカフェで、エリザベスがレオンハルトを出迎えていた。
「やっと、戻ったのね」
「ああ」
レオンハルトは、疲れた様子で腰を下ろす。
「今回は、少し長引いた」
「知ってるわ。予定より、五日も遅れたわね」
「よく、知ってるな」
「城の伝令から、聞き出したのよ」
給仕が、いつもの紅茶を二つ運んでくる。注文しなくてももうすっかり覚えられていた。
「今回も、怪我人が出たそうね」
「…ああ」
「あなたじゃ、ないでしょうね?」
「俺じゃない。新人の一人だ」
「新人って、もしかしてあの団長直轄の子?」
「……よく、知ってるな」
レオンハルトは、一瞬だけ視線を泳がせた。
「分かりやすいのよ。気になることがあるとすぐ顔に出るもの」
「もう、何年になるかしら。私たち」
「…十五年くらいか。幼馴染だしな」
「あなた、昔からそうだったわ。危ないことに自分から首を突っ込む。討伐だって、団長なら後方にいたっていいのに先陣を切りたがるんだから」
「それは俺の性分だ」
「知ってるわよ、それくらい。だから心配なの」
その言葉に、レオンハルトは少しだけ表情を緩めた。
「毎回、心配させて悪いな」
「本当に、悪いと思ってる?」
「思ってる」
「じゃあ、次は絶対に、前線に出ないで」
「それは、無理だ」
「知ってた」
二人とも、同時に小さく笑った。




