第20話 新しい扉?
レオンハルトと別れたあと、エリザベスは一人で小さく息をついた。
(あの人が、誰かを気にかけるなんて初めてだったもの。相手が誰であれ、気にならないはずがないじゃない…つい、余計なことを言ってしまったわ)
エリザベスは自身に若干の苛立ちを覚えながら扇を閉じた。
(私らしくないわね)
ーーー
夜会から数日後、執務室で討伐報告書に目を通しながら、レオンハルトが切り出した。
「クリス、討伐の陣形について、確認したい」
クリスが机の前に立つと、レオンハルトは地図を広げて指で経路をなぞりながら説明を始めた。
「ここで隊列を分ける。後方はお前に任せる。お得意の生活魔法で足止めできるか」
真剣な横顔と、地図を見つめるまっすぐな目。レオンハルトは、いつの間にか説明の内容よりもその横顔を目で追っていることに気づいた。
「団長?」
「…あ、ああぁ…」
「聞いてます?」
「聞いている、ぞ」
(全然聞いていなかった…)
そんな自分に、少しだけ動揺した。
やがて騎士団は新たな討伐任務に出発した。その夜、野営地の焚き火のそばでクリスはルゥの世話をしていた。
「ほら、ちゃんと食べて」
ルゥの小さな口に入るよう、干し肉を小さく裂いて与える。
「きゅ」
その横顔を、レオンハルトは少し離れた場所から眺めていた。火に照らされた無防備な表情。真剣に小さな生き物の世話をする手つき。ふと、目が離せなくなっている自分に気づいて、レオンハルトは内心動揺した。
(一体…俺は何を見ている)
「団長?」
ガレスに声をかけられ、レオンハルトは思わず肩をびくりと振るわせた。
「な、なんでもない」
「は?まだ何ももうしあげておりませんが」
「…あ…」
レオンハルトは一瞬、言葉に詰まった。
「いや…なんでもない」
ガレスはメガネを押し上げた
「…そうですか。では、また後ほど」
ーーー
その夜、レオンハルトはなかなか寝付けず寝台の上で何度も寝返りを繰り返していた。
(あいつは、男だ。部下だ。それなのに、なぜ、あの横顔から目が離せなかったんだ。あいつは男だぞ…何を思っているんだ。まさか、新しい扉が…)
その戸惑いの正体を、彼自身、まだ分かっていなかった。
討伐から戻った数日後、訓練場で、クリスが怪我をした若手騎士をさりげなく庇う場面があった。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ、悪い」
差し出された手を、若手騎士が握る。クリスは屈託なく笑って、彼を引き起こしていた。
レオンハルトは執務室で書類から顔を上げると、ちょうどその様子が目に入った。
(誰かを助けている姿を見るだけで、なぜ、こんなにも胸がざわつくんだ)
そこへ、ガレスが書類を持って近づいてきた。
「団長」
「…なんだ」
ガレスは、レオンハルトの視線の先を一瞥した。
「クリスを、見ていましたね」
「べ、別に」
ガレスは、眼鏡を押し上げながら静かに言った。
「一つ、お伝えしておきますが、男に懸想しても、恥ずかしいことではありませんよ」
「――は!?」
レオンハルトの顔が、一瞬で赤くなった。
「な、何を言って…」
「違うと断言できますか」
レオンハルトは、言葉に詰まった。
「…分からん」
「分からない、というのは、否定できていない、ということですよ」
ガレスは、それだけ言って静かにその場を去った。一人残されたレオンハルトは、遠くで笑っているクリスをもう一度見た。
(俺は、あいつの…何に惹かれているんだ)
答えは、まだ出ないままだった。
ーーー
一週間後、騎士団は新たな討伐の旅に出た。その日の討伐はいつもより激しかった。森の奥で想定より大型の魔獣が複数現れたのだ。
「数が多すぎる!」
「陣形を崩すな!」
クリスは後方から支援に回り、ロープを操り、蔦を絡めては味方の盾になっていた。そのはずだった。
「クリス、危ない!」
視界の端で、誰かが叫んだ。振り返るのが、一瞬遅れる。魔獣の爪が、脇腹を掠めた。
「――っ!」
熱いというより、鈍い衝撃だった。倒れる寸前、クリスはとっさに魔法で自分の身体を支えたが意識はそこで途切れた。
「クリス!」
「誰か、治癒師を!」
隊列が乱れる。
「治癒師は、本隊と一緒です!」
「間に合いません!」
ガレスの声が緊迫していた。
「団長、応急処置を!」
レオンハルトは迷わなかった。
「テントへ運べ!!」




