第17話 捨てられなかった命
昼過ぎ、一行は森へ入った。
「団長!」
騎士の一人が、駆け戻ってくる。
「先の谷で、魔獣の群れの気配がします!」
レオンハルトの顔が引き締まった。
「数は?」
「十以上、かと」
「本隊は、そちらへ向かう!」
そう言うと、レオンハルトはクリスに目を向けた。
「クリス、お前は後方支援だ」
「はい」
クリスは隊列の後方で、周囲に目を配っていた。その時だった。
「……?」
草むらの奥から、小さな鳴き声が聞こえた気がした。
「きゅ…」
クリスは周囲を確認し、そっと草むらへ入っていくと、そこにいたのは震える小さな泥の塊のような何かだった。手のひらに収まるほどの小さな身体はあまりにも軽い。
「…こんなに、小さい」
泥にまみれた毛、傷だらけの身体。本来なら美しい白い毛並みだったのだろうが今はただの泥団子のようだった。
「きゅ…」
小さな鳴き声にクリスはそっと手を当てた。
「怖かったね、もう大丈夫だよ」
その時、ズシン、ズシンと地面が揺れた。本隊が向かった群れとは別の、小型の群れがこちらへ迫っていた。まるでこの泥団子めがけてやってくるようだった。
「クリス!」
離れた場所から、レオンハルトの声が響く。
「そこから離れろ!なんだその泥団子は!置いて走れ!」
しかし、クリスは小さな身体を抱きかかえたまま動かなかった。
(この子は、私と同じ顔をしていた。)
誰にも必要とされないと思っていた。離れに一人でいた。助けを求めることもできなかった。
「…この子は置いていきません」
魔獣が、飛びかかってくる。クリスは手を伸ばした。派手な魔法ではなく小さな魔法だ。細い魔力の糸に、足元の蔦、水分、土─それら全部を組み合わせると、魔獣の足がぴたりと止まった。
魔獣は獰猛に暴れている。そこでクリスはさらに魔法を重ねていく。毛、土、蔦、そして
「動かないでください。編みます!」
気がつくと、そこにいた魔獣たちは毛を三つ編みにされて互いに絡まり、一つの巨大な毛玉になっていた。
駆けつけたレオンハルトは、その光景を見て言葉を失った。
「…一体何が、あった」
そこへ、ドゥーガルが駆け寄ってくる。
「おい、新人!!その泥団子みたいなのは魔獣だろう!?いくら子供とはいえ、危険すぎるぞ!」
クリスは、手のひらの上で震える小さな塊を見せた。
「…これが、魔獣ですか?」
ドゥーガルは、一瞬、言葉に詰まった。
「…いや、泥団子か?しかしその、油断は禁物というかっ…」
ガレスが、眼鏡を押し上げながら、じっと泥団子を観察する。
「……珍しい種ですね。泥でよく分かりませんが、この毛並みなら、おそらく私の知る種です。その幼体が人を襲った記録はありません」
クリスは口を開く
「多分、さっき三つ編みにした魔獣たちに追われていたんです。だから、その…」
「連れて帰りたいのか」
レオンハルトが尋ねる。
「はい。置いていけません」
その言い方に、レオンハルトは少しだけ目を細めた。
「…ただし、暴れたら、お前の責任だぞ」
「はい!」
クリスは、小さな魔獣を見た。
「大丈夫?」
「きゅ…」
「名前は?」
ドゥーガルが、興味津々で覗き込んでくる。
クリスは少し考えた。小さな身体、丸い姿、泥だらけの見た目。
「ルゥ」
小さな魔獣が顔を上げる
「きゅっ」
「変な名前だな〜カレールゥか?」
「ドゥーガルさんにだけは、言われたくないです」
「なんでだよ!?」
その日から、ルゥはクリスと一緒に暮らすことになった。
ーーー
長毛魔獣討伐から数日後、騎士団本部の執務室でレオンハルトは報告書を前に何度もペンを止めていた。
討伐方法の欄には「三つ編み」とある。
「…書けるか、こんなもの」
向かいでは、ガレスが平然としていた。
「事実ですよ」
「分かっている。だが『三つ編みで無力化』など、王国の記録に残していいのか」
「事実なんですから」
「ガレス、お前、少しは笑え!」
「笑っています」
「どこがだ」
「心の中で」
「………」




