第15話 初めての才能
翌日、王国騎士団本部。
巨大な門の前に騎士たちが並んでいた。クリスは少し緊張しながら中へ入り、受付の騎士に「志望は?」と問われて「魔法師です」と答えた。受付の騎士は小さく頷くと、書類を手に奥の執務室へ入っていった。
「団長。新しい志願者です。昨日、広場で魔獣を拘束したという記録があります」
書類を受け取った男は目を通した。黒髪に鋭い目、整った顔立ち。誰が見ても整った容姿だったが、その表情は冷静そのものだった。
「…魔法師希望?あの件の少年か」
書類をめくる。魔獣を一人で拘束した記録。年齢、経歴…どれを見ても不自然だった。
「私が直接面接する」
男の名は、レオンハルト・ヴァルディスだった。
王国騎士団本部の面接室で、クリスは椅子に座っていた。向かいには一人の男が座っている。黒髪に切れ長の瞳、無駄のない姿勢。鎧を着ていなくても、一目で騎士だと分かる佇まい。男は書類を閉じると、淡々と問いを重ねていく。
「クリス」
「はい」
「十四歳か」
「はい」
「そして魔法師志望」
「はい」
男は、クリスを頭から足先までゆっくりと眺めた。細く、白い肌には、剣だこの一つもない。
「見たところ、剣は使えそうにないな?」
「使えません」
「体力もありそうには、見えん」
「ありません」
レオンハルトは正直な奴だ、と眉をひそめた。
「では聞こう。なぜ騎士団へ?」
「……役に立てるかもしれないからです」
「誰のために?」
「…」
「自分のため、ではないのか?」
「…分かりません」
「では、何ができる?」
クリスは少し考えてから答えた。
「魔法です」
「どんな魔法だ?」
「広く浅く、一通りできます。あと、薬草の知識には少し自信があります」
「少し?」
「…半端ないです」
その答えに、レオンハルトはわずかに興味を抱いた。
「なら、見せてもらおう」
部屋の隅には木の机があり、その上にガラスのピッチャーとコップが一つ置かれていた。
「部屋にあるものを好きに使え」
クリスは立ち上がったが、杖は使わなかった。指先をほんの少し動かすと、ピッチャーの水がふわりと浮かび上がる。レオンハルトの眉が動いた。浮遊魔法か。珍しいものではない。
しかし、次の瞬間だった。水は一滴もこぼさず、細い糸のように宙を流れ始める。同時に、棚の上にあったコップが音もなく飛んでくると、空中でぴたりと静止した。そこへ、水だけが静かに注がれていく。最後の一滴まで、こぼれることも、音を立てることもない。
そして最後に、コップはレオンハルトの机の上へそっと降り立った。
静寂が落ちた。レオンハルトは、無言のままコップを見つめ、それからクリスへと視線を移し、もう一度コップへと目を戻した。そして、ようやく声を上げる。
「……おまっ、なんだ、その精密な魔法は!!」
その声に、部屋の外にいたガレスが思わず扉を開けた。
「団長?」
レオンハルトは、コップを指差す。
「見ろ!!」
「制御精度が、異常ですね」
ガレスは一目見て、レオンハルトと共に目を見張った。
クリスは首を傾げた。
「普通では?」
そこでレオンハルトとガレスの声が、同時に重なる。
「普通ではない!それで、その魔法で、戦えるのか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「やったことがないので。あ、あの広場で魔獣をやっつけたのが初めてだったので」
レオンハルトは椅子にもたれて腕を組んだ。数秒、黙ってクリスを見つめる。やがて、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「…採用だ」
クリスは目を丸くした。
「剣は教えられる。体力も鍛えられる。だが」
レオンハルトは机を指で軽く叩きながら続けた。
「その精密な魔法だけは、誰にも教えられん。それは、お前だけの才能だ!」
クリスは、生まれて初めて「才能」という言葉を自分に向けられ、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「…ありがとうございます」




