第13話 騎士団長レオンハルト
そして、ドイルさんの視線がもう一度クリスへ戻り、じぃじが何気なく言う。
「ワシの孫じゃ」
ドイルさんの目がすっと細まる。
じーーーっ
「また、嘘を言って!どこのお坊ちゃんなの。こんな可愛い子が、あなたの孫なわけないでしょう!」
「弟子じゃ」
「今、孫って言いましたよね?」
「孫のような、弟子じゃ」
「言い直しましたね?」
クリスは二人のやり取りに苦笑しながら口をひらく。
「弟子です。でも……じぃじにはとてもお世話になっています」
ドイルさんの表情がふっと柔らかくなり、納得する。そして、クリスの頬を見て小さく眉をひそめた。
「細いわね。ちゃんと、食べてる?」
「はい」
「その返事は、食べてない子の返事よ!ちょっと、待ってなさい!」
返事も待たずに、去っていく。
ドイルさんが席を外している間、クリスは、鞄の中から旅立ちの日にじぃじからもらったエテルナ草を取り出し、そっとテーブルの上に置いた。エテルナの花は変わらず淡く虹色に輝いていた。
数分後、ドイルさんが戻ってきた時にはテーブルの上が、パン、シチュー、焼きたてのスコーン、ジャム、そして特大のティーポットでひしめいていた。
「さあ!ティー!!」
ティーポットを置いた拍子に、ドイルさんの目がテーブルの上の花に留まった。
「あら、綺麗なお花ね」
「じぃじからもらったんです」
「あらまぁ、そうなの?」
ドイルさんは、ジロリとブレイバーンを見た。
「私は、こんな気の利いた素敵なプレゼント、ブレイバーンさんから頂いたことないわねぇ」
じぃじは、気まずそうに、紅茶へ視線を落とした。
「花は、花じゃ」
「屁理屈ですね」
クリスは、思わず吹き出しそうになった。
その笑顔を見て、じぃじは何も言わず静かに紅茶を受け取った。(よかったの、リリティーネ。お前を笑わせてくれる人がまた一人増えた)
その夜、暖炉の火が揺れる中クリスはスコーンを頬張りながら小さく呟いた。
「じぃじ」
「なんじゃ」
「王都って……温かいところですね」
「そうじゃ。だから、連れて来た」
じぃじは、優しく笑った。
ーーー
王城の園遊会は、毎年恒例の行事だった。噴水の周りに令嬢たちが集まり、扇の陰でひそひそと囁き交わす声が絶えない。その視線の先には決まって、一人の男がいた。
レオンハルト・ヴァルディス。王の甥であり、若くして騎士団長の座に就いた男。整った顔立ちと、公務の合間にも崩れない姿勢は、社交界では格好の話題だった。だが本人は、噴水のそばで文官と何やら難しい顔で書類を見比べているだけで、自分がどれほど注目を集めているかにまるで気づいていなかった。
「団長様」
声をかけてきたのは、オルグレン伯爵家の令嬢だった。扇を胸元で揺らしながら上目遣いにレオンハルトを見る。
「近々、討伐の遠征があると伺いましたわ。危険なお務め、心配ですの」
レオンハルトは、真面目な顔で頷いた。
「ご心配なく。装備も人員も、例年以上に整えています。もし治安維持費の増額についてご意見があれば、後日、正式な窓口へお願いします。」
令嬢は、一瞬だけ言葉に詰まり、それから曖昧に微笑んで下がっていった。少し離れた場所で、その様子を眺めていたガレスが静かにため息をついた。
「団長」
「なんだ」
「あの方は、討伐の予算の話をしに来たわけではないと思いますよ」
「では、何を?」
レオンハルトは、心底不思議そうな顔をした。
ガレスは、それ以上説明する気力を失ったように、小さくため息をつきながら眼鏡を押し上げただけだった。
そこへ、ドゥーガルが小声で割り込んでくる。
「団長、今週これで四人目ですよ」
「四人目?何がだ」
「花を持たされそうになった数です」
「花?」
「あちらの薔薇園に、団長を待ち構えてる令嬢が今も三人います」
「なぜ、俺を待ち構える必要がある。討伐の話なら執務室で聞くぞ」
レオンハルトは、本気で困惑した顔をした。
ドゥーガルは、天を仰いだ。
「もういいです…(全然わかってねぇ…)」




