『安寧のレイヤーと、親愛の周波数』
深夜1時半。
漆黒の静寂に包まれたオフィスで、カイゾウはパーティションに身を預けたまま、どこか温かく、純粋に楽しむような笑顔で語り続けた。
「俺さ、そのバグ人間の女性と念話が繋がったとき、『お前、面白いから見守っててやるよ』って言ったんだわ。そしたらさ、どうやら俺のことが気に入ったらしくてさ。向こうも嬉しそうだったんだよな」
「フッ……貴様の軽薄な言葉が、そのイレギュラーの琴線に触れたというわけか」
ソウゾウは眼鏡をクイと押し上げ、劇画調の深い陰影が刻まれた顔でモニターを見つめた。
画面の向こうでは、おしゃべり植物たちが「またお水飲みに来ないかなぁ」「お友達になりたいねー」とのんきに風に揺られている。
すべてが、ソウゾウの脳内で一本の線として繋がっていた。
彼女が神界の最高峰スキャンを欺き、この違法な『植物世界』に現れ、無警戒に水をすするほどに羽を休めていった理由。それは、彼女がこの世界を「完全に安全な聖域」だと直感的に認識しているからに他ならない。
ソウゾウの胸の奥から、ドロリとした冷や汗とともに、クリエイターとしての圧倒的な悦びが湧き上がってきた。
「なるほど、そういうことか。……だが、勘違いするなよ、カイゾウ」
ソウゾウは腕を組み、背筋が凍るような冷徹な眼光を虚空へ向けた。声のトーンを一段と落とし、溢れんばかりの中二病プライドを劇画顔の裏に滾らせながら、重々しく告げる。
「たとえバグ人間であろうとも、この私が血と汗を流して構築した至高の箱庭に、勝手に足を踏み入れる不遜は万死に値する。……だが、かつての不届き者どものように世界を荒らす愚行を犯さぬというのであれば、話は別だ。我が慈悲の水を啜り、束の間の安息を得ることくらい……この万物の創造主が、大いなる愛を以て黙認してやろう……!」
「あはは! 相変わらず言い回しが硬派だなぁお前は。要するに『荒らさないなら入ってもいいよ』ってことだろ?」
「フン……。言葉の純度を落とすな」
ソウゾウは不敵な笑みを浮かべ、再びマルチモニターへと向き直った。現在構築中の、4つ目の奇抜な世界『空しかない世界』の青いデータが、彼の眼鏡に美しく反射する。
彼女はすでに植物世界を安全な場所と認識している。ならば、間違いなくまたここへ戻ってくる。そして、次元の壁を越えて跳躍を続ける彼女にとって、この新しい世界は格好の『次なる羽休めの場所』になるはずだ。
「ならば、今私が紡ぎ出しているこの世界も、彼女を優しく包み込む新たなる天上の楽園とせねばならんな……! 絶え間なき上昇気流、重力からの完全なる解放……。彼女の次なる羽休めに相応しい究極の気流を、この私のパッション(情熱)で創造して見せよう……!」
ソウゾウの指先が、猛烈な速度でキーボードを叩き始めた。激しいタイピング音とともに、彼の無駄に筋肉質な背中から、職人としての暑苦しい熱気が蒸気となって立ち上る。
「いいねぇ、熱くなってきたじゃん。その気流の制御コード、俺の再生エネルギーで裏から安定させてやるよ」
カイゾウはそんな悪友のいつも通りの暴走を、「相変わらず熱い奴だな」と言わんばかりに、やっぱり温かい目で面白そうに見守っているのだった。




