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『越境のバグ人間と、神の目を盗む者』

神界中央創造局、午前1時。

ソウゾウは深夜の闇のなかで、4つ目の奇抜な世界『空しかない世界』の構築に勤しんで居た。寸分の狂いもない正確さで気流のデータをエレガントに整えていく。

その時、画面の片隅にある『おしゃべり植物の世界』の観測モニターに、一瞬だけ、1ミリ秒にも満たない極小の「空間の揺らぎ」が走った。

「む……?」

ソウゾウは劇画調の鋭い眼光でモニターを凝視し、即座にログを徹底解析した。しかし、神界最高峰の防衛システムには、外部からの侵入ログもエラーコードも一切残っていない。空間の座標も正常そのもの。何も映ってはいない。

「……気のせいか。私の計算に狂いはないはずだが」

そう言って作業に戻ろうとした、その刹那だった。

画面の向こうで、のんきに風に揺られていた植物たちが、ガヤガヤと楽しそうにおしゃべりを始めたのである。

『ねーねー、さっきの生き物面白かったねー!』

『ね! ちゃんと挨拶してくれて、ちょっと世間話もしちゃった!』

『喉が渇いてそうだったから「お水飲む?」って勧めたら、普通にゴクゴク飲んでたよー!』

『「美味しいお水ですね、ごちそうさまでした」って、また挨拶してパッと消えちゃった! また来るかなぁ?』

ソウゾウの動きが完全に凍りついた。

眼鏡の奥の瞳が、驚愕と混乱でバキバキにキマる。額からドロッとした大粒の冷や汗が流れ落ちた。

(意味不明なことを……っ! システムの網には一切の残渣ログすら残っていないのだぞ!? なのに、私が画面を見る直前まで、この私の聖域エデンで、その何者かが植物たちと普通に挨拶を交わし、勧められた水を飲んで去っていったというのか……!?)

神の創り上げた超高性能スキャンすら欺くナニカが、今まさにここで物理的に植物たちの水を美味そうに喉に流し込んでいた。そのあまりの不可解さに、ソウゾウは背筋を凍らせていた。

その時、背後のパーティションから、そわそわとした様子で周囲を警戒する男が顔を出した。カイゾウだ。彼は今日も、何か凄まじく面白いものを見つけた子供のような顔をしてニヤニヤしていた。

「おいソウゾウ、作業中悪いな。……お前、信じられるか? 実はさ、俺、めちゃくちゃ面白いもの見つけちゃったんだわ」

ソウゾウは一瞬でいつもの冷徹な劇画顔を構築し、眼鏡をクイと上げ、フンと鼻を鳴らした。

「……カイゾウか。今夜の私は気流の収束計算で忙しい。神界の退屈な噂話なら、他所でやるがいい」

「いや、お前なら絶対食いつくと思ってさ、友達として面白い話をしに来ただけだよ。いいか? 『我々神の監視網を完璧にスルーして、世界から世界へと次元を跳躍している人間が居る』んだよ。バグ人間ってとこかな。女性なんだけどさ……実は俺、その人と念話で話しもしたんだ」

「……何だと?」

ソウゾウの顔に、劇画調の深い陰影が走る。

カイゾウは、その「バグ人間」の存在をどこか温かく、純粋に面白がるような笑顔で続けた。

「神の目を完璧に盗むシステムなんて、どんな天才エンジニア神でも不可能なはずだろ? なのに、それがただの『人間』だってんだから、最高に面白いよな!」

カイゾウは満足げに笑っているが、それを聞くソウゾウの脳内では、さっきの植物たちの会話と、カイゾウが念話で言葉を交わしたというバグ人間の存在が、一本の線となって完全に繋がっていた。

(フッ……なるほど。先ほどの現象は、それか)

ソウゾウの胸の支えが、綺麗に腑に落ちた。

神界の誰も感知できない、安定のシステムを覆すあのバグ人間の女性は、ついさっき、自分の違法な箱庭に現れ、水を飲んでいったのだ。ソウゾウは劇画調の冷や汗を流しながらも、その圧倒的なイレギュラーの存在に深い興味を抱き、静かに悦に浸っていた。

それを見守るカイゾウは、悪友のいつもと違う真剣な沈黙を「相変わらず面白いリアクションするな」と言わんばかりに、楽しそうに見つめているのだった。



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