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YouTube撮影

数日後。綾香は、生活圏から二駅ほど離れた場所にある、古びたファミレスの片隅に座っていた。窓の外ではどんよりとした雲が低く垂れ込め、今にも泣き出しそうな空が、彼女の心象風景をそのまま映し出している。


対面に座っているのは、動画配信者のレン。画面越しに見ていた派手な髪色や幾多のピアスとは裏腹に、その瞳は驚くほど穏やかで、底知れない知性を湛えていた。


「……そうですか。幼馴染、だったんですね」


レンは、綾香が震える手で差し出した「中学時代の二人の写真」――あぜ道をカブで二人乗りし、無邪気に笑う二人の姿――と、あの日、暗い駐車場で撮影した「曇った窓ガラスの証拠」を交互に見つめ、静かに、しかし重みのある声で呟いた。綾香は、自分がたまらなく情けなくなり、視線を安っぽいフェイクレールのテーブルに落とした。


「私……あの日、本当はドアを叩こうと思ったんです。叫んで、あいつらを引きずり出して、めちゃくちゃにしてやりたかった。でも、足が震えて動かなかった。あいつの逆上した怒鳴り声や、知らない女に嘲笑われるのが怖くて……結局、暗闇の中で泣きながら逃げ出すことしかできなかったんです」


綾香の指先が、結露したアイスコーヒーのグラスをなぞる。氷がカランと乾いた音を立て、彼女の孤独を際立たせた。


「陽太の前では、普通のお母さんでいようと無理して笑ってます。でも、夜になると、あの鼻を突くホワイトムスクの匂いがどこからか漂ってくる気がして……。自分がどんどん汚れて、価値のない人間になっていくみたいで、消えてしまいたくなるんです」


レンは、そんな彼女の絶望をすべて受け止めるように、温かく、力強い手を綾香の震える手にそっと重ねた。


「綾香さん。あなたは決して汚れてなんていない。汚れているのは、あなたの十数年にわたる献身を足蹴にし、かけがえのない思い出をゴミ溜めに変えたあの男の方です」


レンの声は、冷え切った綾香の心臓に、ゆっくりと熱い血を注ぎ込むようだった。


「俺たちの仕事は、単なる『晒し上げ』や娯楽じゃありません。あなたのような人が、踏みにじられた自尊心を取り戻し、自分の足で再び立ち上がるための『儀式』なんです。……あの日、一人で戦えなかった自分を、もう責める必要はありません。今度は俺たちが、あなたの盾となり、剣となります。あいつが一番大事にしている『軽自動車』という名の卑屈なプライドごと、衆人環視の中で粉々に砕いてやりましょう」


レンの真摯な眼差しには、打算を超えた「慈悲」のようなものが宿っていた。綾香は初めて、逃げ出したいという恐怖を上回る、静かな「決意」が腹の底で凝固するのを感じた。


「……お願いします。あいつに、私と陽太が味わった惨めさを、一円残らず、利息をつけて返してやりたい」


「分かりました。その覚悟、しかと受け取りました。……決行は、今週末。場所は、あの薄暗い公園の駐車場。あいつらが最も油断し、最も『汚物』に成り果てる瞬間を狙います」


レンは立ち上がり、機材をチェックするスタッフに鋭い、プロのハンターのような視線を送った。


「最高に醜く、最高に『リアル』な地獄を記録するぞ。……綾香さんの人生から、この澱みをすべて掃除するために」




ファミレスを出た綾香の背筋は、数日前とは見違えるほど真っ直ぐに伸びていた。


家に戻れば、相変わらず隼人が不機嫌そうにソファでスマホをいじり、彼女を家政婦か何かのように扱うだろう。




だが、今の綾香の胸には、暗く、しかし激しく燃え上がる復讐という名の灯火が、消えることのない業火となって宿っていた。

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