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5人目のクズ夫

「……っ、よいしょ!」


**野村宏美(32)**は、前後のカゴに溢れんばかりの荷物を載せ、さらに後ろのチャイルドシートに3歳の息子・**陽太ひなた**を乗せた電動なしのママチャリに、全体重をかけてペダルを押し込んだ。

夕暮れの風は湿り気を帯び、1円でも安い卵を求めて隣町のスーパーまで遠征した代償として、ふくらはぎの筋肉は悲鳴を上げている。


「陽太、重くなったねぇ。もうすぐお家だよ、頑張ろうね」


背中に向かって明るい声を出すが、陽太からの返事はない。保育園での遊び疲れと、自転車の不規則な振動に揺られ、彼はヘルメットを斜めにしたまま、力なく眠りに落ちていた。

宏美はスーパーのレジ打ちパートで、毎日4時間、立ちっぱなしで客の視線にさらされている。世帯年収は約450万円。夫・**和馬(33)**の給料だけでは、陽太の将来の学資保険や、月々の生活費を賄うのが精一杯だ。

宏美の美容院代は「1,000円カット」すら贅沢に感じられ、気づけば一年近く放置された髪は、100円ショップのゴムで無造作に束ねられているだけだった。


19時15分。

ようやくアパートに辿り着き、陽太を抱き抱え、荷物を両腕に食い込ませながら3階の部屋まで階段を往復する。

玄関を開けても、明かりは灯っていない。和馬の靴はない。


「ただいま……」


返事のない空間。宏美は休む間もなく、台所へ立つ。

カゴから取り出したのは、半額シールの貼られた鶏むね肉。それをいかに柔らかく、ボリュームがあるように見せるか――。それが彼女に課せられた、毎日のクリエイティブな「戦い」だった。

調理中も、陽太は足元で「ママ、遊んで」「お腹空いた」と泣きべそをかく。宏美はコンロの火を気にしながら、片手で陽太をあやし、もう片方の手で包丁を握る。

21時。ようやく夕食、風呂、寝かしつけを終え、宏美は一人、ダイニングテーブルに座った。

夕食の残りの冷めた味噌汁を啜っていると、玄関の鍵が回る音がした。


「……あー、つっかれたぁ」


酒の匂いを微かに漂わせ、和馬が帰宅した。ネクタイは緩み、顔には「付き合い」という名の高揚感が残っている。


「お帰りなさい。ご飯、温め直そうか?」


「いや、いい。軽く食ってきたから。……それより、明日早いんだよな」


和馬は宏美の疲れ切った顔を見ることなく、ソファに倒れ込み、スマートフォンを操作し始めた。指先が軽快に画面を弾く。

宏美は、和馬が今日の飲み会で支払ったであろう数千円を、頭の中で「陽太のオムツ何パック分か」に換算し、胸が締め付けられる。

日曜日。唯一、家族の時間が持てるはずの日。

だが、昼の12時を過ぎても、寝室からは和馬の深いいびきが漏れ聞こえてくる。


「和馬さん、もうお昼だよ。陽太がずっと公園に行きたいって言ってる。たまにはお父さんらしいことしてあげてよ」


宏美がカーテンを開けると、和馬は眩しそうに目を細め、舌打ちをした。


「……っせーな。俺が平日の残業でどれだけ神経削ってるか分かってんのかよ。日曜くらい、泥のように眠らせてくれよ。お前はパートなんだから、平日の疲れなんて大したことないだろ?」


「大したことないって……私だって、一分一秒を惜しんで動いてるんだよ?」


「はいはい。その『頑張ってますアピール』、もう聞き飽きた。公園くらい一人で連れて行けよ」


和馬は再び布団を頭から被り、壁の方を向いた。

宏美は立ち尽くしたまま、握りしめた拳を震わせる。

和馬にとって、宏美の献身は「当たり前の背景」に過ぎなかった。


自分の時間が欲しいわけじゃない。ただ、この絶え間ない「孤軍奮闘」に、一言でいいから「お疲れ様」という労いが欲しかった。


錆びついたママチャリのチェーンのように、宏美の心は悲鳴を上げていたが、その音は、和馬のいびきにかき消されて届かなかった。

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