7.おっさん、魔獣を狩る
久しぶりにギルドに顔を出し、地味顔が美人な受付嬢に教会長の推薦状を見せる。
「これで、ランクが上がるんですか?」
「はい。教会の依頼をこなしたことになりますので大丈夫ですよ。回復魔法と攻撃魔法を数十種類ずつ使えるのでしたら、B級冒険者の依頼を数件こなせばB級に昇進できますよ」
春陽が、大賢者の適正持ちとわかってからは、態度が豹変した受付嬢は満面の笑みで、グレートベアの討伐依頼、アナコンダの討伐依頼、ワイバーンの討伐依頼を差し出した。
春陽は、リズウェルの配下である魔族を討伐したくなかった。
魔王城を出発する前に、リズウェルに質問をした。意思疎通ができる魔物が魔族、意思疎通できなければ魔獣ということらしい。
魔王城に滞在していた時にリズウェルに確認をした。
「魔獣か魔族か迷ったら話しかけてみるのじゃ。話が通じれば魔族じゃ。ただ、お主は魔王と大賢者の適正持ちじゃから、魔獣とも意思疎通できるかもしれんぞ」
地味顔の受付嬢に尋ねる。
「これ。討伐せずに調教をしても依頼達成になりますか?」
「大賢者様なら、調教できますね。被害がなくなれば依頼達成ですから調教でも大丈夫ですよ」
「依頼確認のために、調教したアナコンダやワイバーンを連れてくるんですか?」
「春陽様には、はじめての依頼ですものね。ギルドカードの裏に魔法で依頼成果が表示されますから、アナコンダもワイバーンも調教したら人里から離れて貰ってください。くれぐれも現物を連れてこないでくださいね」
春陽が「わかりました」とギルドを出て行こうとすると受付嬢が慌てて止める。
「まさか、お一人で討伐に向かわれるのですか?」
「仲間はいませんしね」
受付嬢がギルド内を見回すと豪華な鎧を着た20代前後の体格の良い美女が近づいてきた。彼女もリズウェルと違って、胸がデカい。
受付嬢が、厄介な相手に見つかったと気まずそうな顔をする。美女は受付嬢に目くばせをする。
「貴殿が噂の大賢者殿か。私は戦士のラビスだ。その3件の依頼、同行しようか?」
受付嬢の顔とラビスの顔を見比べる。受付嬢は地味顔の美人。
ラビスは、端正な顔の正統派美人。胸は、鎧に隠されているが、ラビスの方がデカいはずである。巨乳鑑定士3級の春陽は確信した。
内閣府のお調子者官僚が、巨乳鑑定士の同士を募ったところ、各省庁から10人、合計80名の巨乳鑑定士が誕生した。内閣人事局にバレて、懲戒免職にされかけたが、巨乳鑑定士の過半数が女性官僚だったため、「次、同じことをしたら紛争地の大使館に左遷します」と優しく訓戒を受けて、勘弁して貰えたのを思い出す。春陽は、胸属性がない。
どちらかというと、同性として女性に人気があった。そこで、春陽には、本当に「胸の大まかな大きさがわかる」という特技があった。絶倫キングの異名を持つ、某大臣が春陽に巨乳鑑定の秘訣を尋ねたので、「無の境地になることです」と春陽は答えた。
春陽は、かなり優秀そうな、そして貴族か大金持ちの娘であろうラビスに興味を持った。
「それでは、同行をお願いしてもよろしいですか?」
「うむ。任されよう。歩きの冒険なら数日かかる。食糧と寝袋などを買った方がよい」
「この町に来たばかりで、クエストもこれが初めてです。ラビス殿には、案内をお願いできますか?」
「よし、着いて来い」
いかにも偉い人ですよオーラを発しているラビスに動じない春陽を気に入ったのか、嬉しそうに、ラビスは市場や商店を回り、装備を整えてくれた。
道中、話を聞くとラビスはA級冒険者の女美女戦士だった。この規模の町にA級冒険者が滞在しているのは珍しいことらしい。
春陽は、ラビスと相談してこの町の近くに出没するグレートベアとアナコンダ、そして最後にワイバーンの順番で討伐をすることにした。
「失礼だとは思うが、春陽殿は、駆け出し冒険者が着るにしては上等すぎる服を着ている。それなりの身分があるのではないか?」
「身分はないと思いますが・・・。あと、春陽とお呼びください」
「そうか、ならば私のことも、ラビスと呼び捨てにしてくれ。同じパーティーの仲間なのだからな。話したくないのなら、話す必要はないが。春陽の口調は法官貴族の口調なのだ」
法官貴族というのは、平民や下級貴族が、法学や財政学を学んで王宮で出世した存在である。つまり、この世界の官僚である。
ラビスは、王宮の政策決定機関に出入りできる身分なのだろう。
法官貴族というラビスの言葉を苦笑する春陽に、ラビスはやはりなと勝手に納得しつつ、「余計なことを聞いて、悪かったな」と謝った。
春陽は、「気にしていませんよ」と首を振る。
「グレートベアの目撃地まで十キロ前後ある。歩けるか?」
春陽は頭を抱える。異世界に来ても、体力は地球にいた時と変わっていないはずである。
片道十キロなら歩けると思うが、十キロ歩いてから、魔獣と戦い。また、町に帰って来る体力があるとは思えなかった。
「仕方がない。荷馬車を借りてやろう」
ラビスは荷馬車を借りると、春陽を乗せ城門を出た。グレートベアの目撃地まで、荷馬車で一時間前後である。二人は、荷馬車で街道沿いに進んで行った。
「グレートベアというのは、巨大な熊だ。数メートルから十メートルはあるな」
「十メートルですか」
荷台に乗せられた春陽が呟いた。ヒグマの五倍、ゴジラの十分の一の大きさか。
長閑な田園風景が続き、山の麓に近付く。
「ここからは歩こう」
ラビスとともに荷馬車を降りる。ラビスは荷馬車を木に結びつける。それから、おそらく高価な品であろう魔獣除けの魔道具を置いた。
「盗賊はいないんですか?」
「盗賊はいる。盗賊はいるが、この荷馬車は冒険者用にギルドから借りた荷馬車だ。ギルドの馬車を襲うとみせしめに懲罰的な高額報酬の指名手配の対象になるからな。人間の盗賊なら襲わないな」
「合理的なやり方ですね」
ラビスは先に山の中に入って行く。
「探知魔法」
春陽が覚えた基本魔法の1つが探知魔法である。
探知魔法は、ソナーのようなものである。魔法を使う人間によって、性能が異なるという。基本魔法ほど、使い手の能力が魔法の効果に影響を与えると本には書かれていた。
小さな赤い点のようなものが3つ、大きな赤い点が1つ、春陽の脳内に浮かんできた。
「北側の1キロ前後のところに大きな赤い点が見えます。おそらくグレートベアではないかと思います。あとは途中で3体、小さな点が見えます」
「わかった」
途中で、一メートルほどのウサギに角が生えた、一角ウサギが先行するラビスに襲い掛かって来た。ラビスは、剣を抜くと、一瞬で一角ウサギの首を切り落とす。一羽目を殺すと、二羽、三羽目が続けざまにラビスを襲う。
ラビスはあっさりと一角ウサギの首を刎ねる。
「一角ウサギは、首から血抜きをすると旨いんだ。ハンバーガーにもあうな」
「一角ウサギのハンバーガーですか・・・」
ハンバーガーは地球から召喚された勇者が持ち込んだ文化であろう。異世界の文化汚染が進んでいるなと春陽は苦笑する。
赤い点が近づいてくる。
「巨大な魔獣が来ます。一応、話が通じるか試させてください」
「いいぞ。だが、命は大事にだ」
グレートベアは、春陽とラビスの前に現れるといきなり襲い掛かって来た。
「風刃魔法」
春陽は、とっさに空気を圧縮して切り殺す風刃魔法を唱える。
五メートルほどのグレートベアの首が宙に舞う。
グレートベアはよろめきながら、倒れ込んだ。
春陽は、「南無、南無」と手を合わせる。
「首を刎ねても良かったですかね」
「大丈夫だ」
「さすがに、この熊を持って帰るのは無理ですよ」
「グレートベアはな、内臓の部分が薬として売れるんだ」
ラビスはグレートベアの腹を裂くと一メートルはある胆嚢や胃を慣れた手つきで取り出した。美女と野獣。血まみれの美女。ここは異世界なのだ。
「春陽。魔法で内臓を凍らして貰ってもいいか?」
「熊胆ですよね。冷凍させるより、乾燥させた方が高く売れますよ」
内臓の匂いがきつい。鉄臭い血の匂い、生臭い内臓の匂いが鼻をつく。
「乾燥魔法」
春陽は内臓に手をかざすと、水分を一瞬で蒸発させる。乾燥魔法は、保存食の干し肉等を作るための生活魔法である。
「この魔獣、どうします」
「魔獣の餌にならないように、埋めるか焼きたいが・・・。さっきの魔法なら、毛皮をはぎ取って持ち帰れるんじゃないか。解体しよう」
ラビスは、グレートベアの皮をはぎ取る。
「春陽は、下がっていてもいいぞ」
解体慣れしていない春陽に気を使ってラビスがそう言った。
遠慮なく、春陽は数十メートル向こうで解体を見守る。適材適所、分業である。
数十分で、グレートベアの解体は終わった。
「肉は食べられなくはないが、臭みがきつい。香辛料代の方が高くつくからな」
「塩の類を肉に塗り付けて干し肉にしても、売れませんか?裕福ではない人の食料になると思いますが・・・」
「塩漬けの乾燥肉か」
「ミントの類を入れれば、臭みは抜けますよ。多分ですが・・・」
「私が解体をするんだよな」
ラビスはやれやれと、グレートベアの解体をはじめる。
一トンほど、肉がとれたところでラビスが言った。
「討伐後に解体をするのなら、次からは町の人間を連れて来よう。馬車に乗せるのは無理じゃないか?」
「思ったより、量がありますね。ラビス、一度、町に戻って荷運びの人間を連れて来てください。私が留守番をしていますから」
「そうだな」
春陽は、乾燥魔法を解体された肉にかけた。
春陽が、干し肉にした肉を持って、血みどろで馬車まで戻る美女戦士のラビスを見て、春陽はシュールな光景だなと思った。
「町に戻ったら、塩と樽、ミント系の安いハーブを買って来てください。ここで干し肉に加工して持ち帰りましょう」
魔法は、イメージをすれば応用が利く。魔法を実際に使うことで、春陽は少ない魔法でも組み合わせて使えば、無限に応用が利くことがわかった。
そして、春陽の魔力量は限りなく無限にある。異世界のことだから、理由を考察するつもりはない。
とりあえず、血まみれのラビスを洗浄しよう。
春陽は、ラビスの血まみれの鎧や顔が綺麗に洗浄されている姿を思い浮かべる。
「洗浄魔法」
ラビスが驚いた顔で春陽を見る。そして、ラビスは何かを確信したようであった。
ラビスが町に向かって戻って行くと、春陽はグレートベアに洗浄魔法をかける。地面の血が綺麗になると、春陽自身にも洗浄魔法をかける。そして、凍結魔法でグレートベアの肉を一度、凍らせた。
毛皮は、おそらく、なめしてから加工するのであろう。血を洗浄することは出来た。だが、なめし加工までは魔法で出来ない。美女戦士ラビスを待つことにした。
探知魔法をかけると四羽の赤い点が近寄ってくる。一角ウサギである。
この辺りは一角ウサギがよく出るのだろうか。
数時間が過ぎ、ラビスが戻ってきた時には、三十羽以上の一角ウサギを風刃魔法で仕留めると、血抜きのやり方がわからない。凍結魔法で凍らせておいた。
「ずいぶん、仕留めたな」
荷物持ちだろうか、十代の美少年を二人連れて、ラビスは戻って来た。
美少年達は、庶民の服を着ているが、小奇麗にしている。ラビスの従者だろうか。
この世界には入浴の習慣がある。驚くべきことに大衆浴場がオルエドの町にあった。
ラビスに質問すると、一時期、入浴の風習が薄れたこともあったが、異世界転生の勇者が嫌がるので、入浴文化が再度、普及したという。
そう言えば、魔王城にも大型浴場があった。リズウェルも毎日、お風呂に入っていた。
それでも、各家庭に浴室があるわけではない。銭湯代は銅貨三枚するから、一日おきに入浴するものも多いという。
美少年の従者とラビスが運んできた樽に、冷凍したグレートベアの肉と塩、匂い消しのハーブを交互に入れる。
「ごめん。このままグレートベアの肉を乾燥させると干し肉にならないから、冷凍魔法が溶けて、塩とハーブと混ざってから、乾燥させてもいいですか?魔法で解凍すると味が落ちると思うんですよね」
「大丈夫だ。荷馬車は三台借りてきた」
ラビスは気にするなと笑った。
美少年達も数十キロはある樽を担ぐと、荷馬車に積んでいく。ラビス達が、何往復かして肉を運び終わると、最後にグレートベアの毛皮をラビスが担いで荷馬車に運んで行った。
あとは、残ったのはグレートベアの骨だけである。
「このグレードベアの骨、スープのダシを取ったり、灰にして畑の肥料に出来ると思うんですよね」
「ほう。春陽は面白いことを思いつくな。それなら、持って帰るか」
春陽は、洗浄魔法をグレートベアの骨にかける。それから、骨を乾燥させてばらして、運びやすくした。
木が生えていない場所にグレートベアを寝かせておいたので、残った内臓や肉のかけらは、魔獣の餌にならないように炎の魔法で処理することにした。
「火炎魔法」
「綺麗に片付いたな。戻ろうか」
ラビスの馬車に、春陽は同乗すると町に戻って行く。
ラビス達と、町の城門をくぐる頃には、薄暗くなりかけていた。
城兵は、ラビスの顔を見ると深々と敬礼をした。
A級冒険者だからだろうか?いや、ラビス自身の身分が高いのであろう。
ラビスと春陽達は、ギルドに荷馬車のまま乗りつけた。
ラビスがグレートベア討伐の報告に行くと、地味顔美人の受付嬢とギルドマスター、そして、肉や毛皮を処理するギルドの職員達が荷馬車にやって来た。
「グレートベア討伐かご苦労さん。で、毛皮や肉はどうする?」
春陽は、ラビスの顔を見る。
「ラビス。ギルドとの交渉はお任せします」
「わかった。今回の戦利品はすべて商会に渡して欲しい。討伐したのは、春陽だ。報奨金は春陽が八割、私達が二割でいいか?」
「ラビス。五十%、五十%で等分しましょう。その代り荷運びの運賃はラビス持ちでお願いします」
「欲のない奴だな。それで、よろしく頼むよ、ギルドマスター」
「中で報奨金を支払う。ラビスと春陽は受付で手続きをしてくれ」
ギルドに入ると、地味顔美人の受付嬢は、金貨の入った袋を取り出す。
「グレートベアの討伐報酬、金貨五十枚です」
日本円で、百万円前後、高いのか安いのか謎である。
受付で金貨の数を数え、二十五枚ずつラビスと春陽は金貨を受け取った。
「春陽はたぶん、何でも知りたがる細かい性格だよな・・・」
春陽は不思議そうな顔でラビスの顔を見る。




