6.おっさん、回復魔法を覚える
春陽の経験上、「ゆるふわ系の女性は怖い。アリアの性質も見た目とは裏腹に、怖い女神であろう」と春陽は偏見で決めつけることにした。
次回更新、5月15日金曜日です。
この世界の情報を効率よく集めるには、首都である王都に向かう必要がある。
オルエドでは、十分な情報が集まらないであろう。
「王都に行きたいと春陽様は仰るのですか?」
コルドに相談すると耳をうなだれて、難しい顔をした。
「王都は獣人差別があり、私が御一緒するのは難しいと思います。春陽様がお一人で王都に向かうのであれば、途中で魔獣や盗賊も出るでしょう。C級冒険者になって3名以上のパーティーで向かうか、B級以上の実力になってからお一人で向かうしかないかと・・・」
「わかりました。この町で話を聞いたら、一度、魔王城に戻ります」
魔法を覚える伝手がない以上、魔法は独学で、時間をかけて覚えるしかない。まず、オルエドの町を見て回ろう。
春陽は、翌日、一人でオルエドの町を見て回った。魔王リズウェルが用意してくれたこの世界の服は、中流階級の商人階級の服である。上流階級の服は目立ちすぎる。あまりにもみすぼらしい恰好をしていると商家や教会で情報収集が出来ないであろうと宰相補佐とリズウェルが相談をして、中流階級より少し上等な服装を用意してくれたのである。
下級貴族の日常着と同程度の服なので、一般人相手なら大丈夫だと宰相補佐に言われた。路銀は、金貨百枚が入った革袋をくれた。日本円換算で、2、3百万円である。
魔王領は、国境の町とコルド達獣人の商人を通じて交易をしていた。大きな商いではないから、高額な大金持ちではなかったが、人間世界のお金も持っているのだ。
「国境の町なら、魔王領の貨幣も使えるのだが、照れくさいのじゃ」
リズウェルが、珍しく顔を赤くしていった。
魔王領でも少額の貨幣が発行されていた。その貨幣の顔は、魔王領の最高権力者であるリズウェルの顔が刻印されていた。ただ、魔王領内は、貨幣経済が発達していないらしく、リズウェルの貨幣は境界領との交易用に使われていた。リズウェルは、自分の顔が刻印された貨幣を魔王領で使われるのが、照れくさかったのかもしれない。
「やつの顔が刻印されておる、腹立たしいことにな」
「女神は大人っぽいんですね。ゆるふわ系かな」
貨幣に刻印された女神アリアの顔の感想を述べるとリズウェルが無言で春陽を睨みつける。
「春陽は、魔王領に戻って来なくてもいいからな。女神アリアにたぶらかされて、勇者にでもなれば良い」
そう言って美少女魔王のリズウェルは、春陽を送り出してくれた。
リズウェルにとっても金貨百枚というのは高額らしい。そのお金を無駄に使いたくはなかった。魔王城にあるリズウェルの個人資産は、金貨数千枚、日本円で数千万円程度であった。春陽は、予算の把握が得意である。お金のかかる特殊法人の監査や運営を若い頃から、任されていたから、予算関係の監査は得意であった。リズウェルも魔王領も貧しいのだ。
そんな中から、金貨百枚を春陽の遊学にリズウェルは提供してくれたのである。
「ここがアリア教会か」
この世界は、女神アリアを祀る一神教らしい。
昔は、名もなき神々がたくさんいたらしいが、今は、女神アリアが最高神として祀られていた。アリアが、他の神を抹殺したんじゃないのか?と悠は、怖いことを考える。
この町の教会には、百人が入れる聖堂があった。
中規模な教会だろうか。中に入ると、金髪の穏やかな眼をした豊満な胸の女神の肖像画が飾られていた。あれがアリアであろう。いわゆる、ゆるふわ系の女神である。
春陽の経験上、「ゆるふわ系の女性は怖い。アリアの性質も見た目とは裏腹に、怖い女神であろう」と春陽は偏見で決めつけることにした。
教会の中には、祈りを捧げている神官達がいる。
春陽は、祈りが終わるのを待ち、一人の神官に話しかけた。
「神官様。神典を見せていただけませんか?唐突ですが・・・」
春陽に話しかけられた若い神官は怪訝な顔をした。
「構いませんが・・・。ご存知とは思いますが、教会の神典は神聖文字で書かれていますよ」
神典の原書は、共通語ではなく神聖文字で書かれている。地球では、聖書の原典が、ラテン語で書かれているようなものである。
識字率も低い、この世界では、神聖文字は、神の恩寵を受けた神官しか読めないという。魔王城に置いてあったアリア神の神典は、神官ではない貴族達でも読めるように共通語に翻訳された神典である。
魔王城に、敵対する女神の神典を置くのかと驚いたが、リズウェルは気にしていないようであった。
美少女魔王のリズウェルに召喚された女神の敵である春陽が、神聖文字を読めるかどうかはわからなかった。しかし、とりあえず神官に頼んで見せてもらうことにした。
春陽の身なりは、下級貴族でも通用する。神官は、下級貴族の次男、三男がなることが多い。春陽もどこかの下級貴族と思われたのか神官室に通された。
春陽は、1冊の神典を渡された。2百頁ほどの神典を開いた。読める。春陽は、神聖文字の意味が脳裏に浮かんできた。
神官に見守られながら、神典を読んでいると教会長がやって来た。
教会長は、熱心に神典を読んでいる春陽の姿に気づくと、書庫から1冊の本を取りだして、春陽に渡した。
「お前さん、この本が読めるかね」
『回復魔法の原理』と書かれた1冊の本を渡された春陽は不思議そうな顔をして、本を開いた。
書物に書かれた文章の内容が、脳裏に浮かんでくる。音読しろという意味だろうか?
「従来、回復魔法は神アリアの恩寵によると考えられてきた。しかし、魔族も使うことが出来る。そこで・・・」
「もうよい。邪魔をして悪かったの。神聖文字が読めるのじゃな」
そういうことか。春陽が、神聖文字を読めるのかを調べようにも、翻訳された神典を暗記している者もいる。そこで、神典ではなく、神聖文字で書かれた別の書物を読ませてテストをしたのだ。
「神聖文字の素養があるのなら、神官になるかね?」
「まだ、そこまで深い信仰心がありませんので」
教会長の誘いを、春陽は、「ありがたいお話ですが」と断った。
春陽は数時間で、神典を読み終えた。
「お礼のお布施は、いくらくらいでしょうか?」
春陽がそう言うと、教会長は笑った。
「神典を読める人間からお布施は取らんよ。それより、神聖文字が読めるのなら、筆写を手伝ってもらえんかね」
「書けるかどうかは書いてみないとわかりませんが・・・」
「面白いことをいう。これで練習をしてみなさい」
教会長は、春陽に羊皮紙と羽ペンを渡す。羊皮紙より紙は高価なのだろうか?
教会長は、『回復魔法の基礎』と書かれた本を渡した。
「回復呪文は『神の恩寵により救いあれ』と唱える。患部に手を当て、傷や病気が癒されていく姿をイメージする」
淡い光が、春陽を包み込む。
「呟きながら書いたら、回復魔法が発動してしまうよ。やはり、お前さん、神聖魔法の素養があるな」
教会長は春陽に言った。
「今日はもう遅い。家に帰りなさい。明日から一週間ほど教会に通って筆写しなさい。筆写中に基本的な回復魔法を覚えるじゃろう」
教会長からは悪意を感じない。世間知らずの学者のような人物だった。
読み書きが出来るなら、無料で春陽に回復魔法を覚えさせようと考えたのであろう。
春陽は宿から教会に通い回復魔法の本を筆写した。この世界では、活版印刷が発達していない。木版印刷で、刷られた大衆本もあったが、神聖文字で書かれた本や魔法書は、筆写して複製していた。中身が漏れるのを防ぐためであろう。
獣人のコルドは、「しばらくこの町に滞在します」と春陽が伝えるとリズウェルに報告するために魔王領に帰って行った。
1日、1冊のペースで筆写をしていくと、1週間で7冊。20種類の神聖魔法を使えるようになった。
こうして、異世界に召喚された春陽は、魔法が使えるようになったのである。
教会長からは、1週間で20種類の魔法を覚えられるのなら、「大神官様クラスの天才と言える。どうじゃ、教会が運営する治療院で働かいないか」と熱心に勧誘された。
「ありがたいお話ですが、王都に旅をしたいので他の魔法も覚えたいのです」
「春陽。お前さんは賢者の適正持ちかね?」
「はい」
「そんな気もしていたのじゃ。覚えが早すぎるからな。ここは小さな教会ゆえ、魔法書は少ない。それでも一般的な魔法書も、数十冊ある。筆写していきなさい」
それから10日間、春陽は朝から晩まで教会に筆写に通い、回復魔法の他に、数十種類の攻撃魔法や生活魔法と呼ばれる魔法を覚えた。
「これでC級冒険者、いやB級冒険者の魔法は覚えたはずじゃ。推薦状を書こう。ギルドで冒険者ランクを更新してもらいなさい」
春陽は躊躇いながら、教会長にギルドカードを見せる。
「大賢者の適正者か、おしいのう。王都に行って本格的に修行して大神官になったらどうかね?お前さんなら、枢機卿、いや教皇にもなれるかもしれないよ」
「機会があれば」
「うむ、そうしなさい」
次回更新、5月15日金曜日です。




