お見舞い
やや経年を重ねた風合いの壁の5階建ての病院。
その3階にある4人一部屋の大部屋はエレベーターに近く、入浴設備、トイレ等の介助が必要ない患者が多くいる階層を2人は部屋を確認しながら進んでいた。
「えっと・・・305、305はここか。」
廊下から届く部屋番号と下の患者名を確認する知人の声に顔を上げた森田はカーテン越しに声の方向に目を向けた。
「お、いたいた。あの奥だ。カーテンに名札が見えるぞ。」
「サラ〜他の患者様もいるから静かにね。後、プライベート空間だから勝手にのぞかないの。」
わかった、と返事をし森田の元へ向かうサラを先頭に見舞い品と衛生用品や着替えを詰めた紙袋を手にしたアンリは続く。
「こんにちは森田さん。怪我をしたと聞いて来たんだけどカーテン開けても良いかい?」
「あ、あぁ神崎君達か。
ごめんね、まだ自分では動けないから開けてくれると助かるかな。」
返事を確認してからカーテンを開けたアンリは頭に巻かれた包帯とギブスで固定され吊るされた右足の森田を見る。
「お〜男前になったな。戦った勲章だ。」
「・・・いやいや思っていたより重傷だけど大丈夫?」
「あ、驚かせてごめんね。CTやら諸々見てもらったから大丈夫だと思う。足と指の骨折がちょっとだけど・・・ハハ。」
ベットをリモコン機能で状態を起こす森田の右手小指が添え木代わりの器具と包帯で固定されていた。
それらを確認したアンリは、追求の前に自身を落ち着かせる為の言葉を作る。
「・・・命に問題ないならなによりだよ。
この際、入院中に悪い所ないか見てもらったらどう?」
「だな。自営業ってやつは中々時間取れないんだろ?やっとけやっとけ。生きてこそ人生だぞ。」
ベットの横にある丸椅子に座り笑うサラは森田の髪をクシャクシャと荒く撫でる。
「さて、とりあえずお見舞い品に着替えを買ってきたよ。
俺は同室の患者様と看護師に挨拶してくるからもう少し2人で話しててくれ。」
「いやいや神崎君、着替えって悪いよ。それに見舞品まで。」
「普段サラが世話になっているんだ。こういう時位こっちにやらせてほしい。でなきゃ甘えっぱなしで申し訳ない。」
会釈をしたアンリは手にしていた荷物をサイドテーブルの上に置いてから正面の患者の下へ行く。
カーテンが開いている患者に挨拶をしながら部屋を出たアンリは、先程来た道を逆走し院内案内表記に従いナースステーションを目指し歩いていく。
途中、すれ違う患者やスタッフに会釈をしながら辿りつくと対応の為カウンターに移動してくれた看護師にフロント企業の名刺を差し出した。
「こんにちは。305号室に治療中の森田さんを個室に移動してほしいんだけど空きはあるか調べてくれますか?」
「えっと直ぐお調べ致します。変更となりますと別途料金かかってしまいますがよろしいですか?」
「はい。変更に伴う追加料金の支払いは退院時ですか?月末締めですか?」
カタカタとキーボードを叩くスタッフが部屋の空き状況を調べながら言う。
「入院費用等のお支払いは基本、退院時ですが、今回は個人的理由による変更となりますので初めの支払いは月末にお願いする形になります。」
「わかりました。森田さんの入院費用は全て私が負担しますので見込みを含め全て回して下さい。」
「え?あ、はい・・・あ、空き有りますね。個室移動出来ます。手続き進めてよろしいですか?」
「ありがとうございます。準備が出来次第移動をお願いします。
では月末近くなりましたら改めてお支払い金額の確認に連絡させて頂きますので。それと車椅子を少し借りたいのですが。」
貸し出し用の車椅子を受け取ったアンリは、深々と頭を下げ305号室へと踵を返した。
森田と退院後の会話を弾ませていたサラは、病室へと戻ってきたアンリに気付き片手を上げた。
「お、挨拶は終わったのか?」
「うん、そちらは近況報告は出来た?」
「退院したら飲みに行く約束したぞ。」
「ハハ、サラさんの前でみっともない姿見せないようリハビリ頑張らなきゃだ。」
車椅子をベット横に付け、窓にかけられたブラインドを操作しながら差し込む日差しを和らげるアンリは苦笑する。
「リハビリは辛いよね。頑張らなきゃだ。」
「神崎君は経験あるの?」
「昔、両足轢かれた時にやったんだ。1年近く走れなかったけど今は問題ない。
あの時に叱咤激励してくれた介護士さんには頭が上がらないよ。」
足をポンポンと叩きながら笑うアンリは、一度周囲を見渡し声を落とす。
「さて森田さん。何故怪我をしたのか伺っても?」
「う、やっぱり気になるよね・・・。」
「友人が怪我をしたんだ。それに、俺もこの辺りに住んでる身として『危険』があるなら知っておきたい。」
周囲に視線を彷徨わせ、誤魔化すか話すかを逡巡する森田の動きを待つアンリとサラは数分の沈黙の後に紡がれた言葉を聞く。
「甥がいるんだ。兄貴の子でね。」
「お幾つの子?」
「今は17歳だったかな。今年高校3年に進級した頑張り屋さんでね。
大学受験を意識する大事な時期に厄介な連中に絡まれたんだ。」
ふむ、と頷きサラを見ると嘘は無い事を示す同意が返された。
「暴力を振るわれたり、お金を取られたりしてたらしくて・・・止めて欲しかったら、って言葉で万引きや強姦の見張りみたいな事に加担しちゃったんだ。」
「実に悲しい事だ。警察には?」
「受験が迫る大事な年で事を荒立てたく無いって本人が望まない以上言えないよ・・・。」
なるほど、と内心で頷いたアンリは、言葉にした事で情緒が動かされたのか涙ぐむ森田にティッシュを差し出しながら思う。
受験があろうと森田さんの性格上、甥本人が直接的に『行為』を行なっていたなら警察に通報していただろう。
でも今回は間接的な『見張り』であり、脅されている、というやむを得ずとも取れる事情があった為、甥の将来と経歴を守ろうとしたのかも知れない。
面倒な状況に、どうしたものか、と悩む思考を遮るように森田が続く言葉を作る。
「兄貴夫婦には心配かけたくなかったから僕の貯金から200万出して奴等が甥を呼び出した所に話に行ったら・・・。」
「襲われた、と。」
「うん。お金を渡すから2度と関わらないでくれ。って頼んだけど、来月もよろしく、って・・・僕、甥の前もあって、守りたくて・・・でも、情けないけど・・・なにも出来なくて・・・。」
大粒の涙が掛け布団に落ち染みていくのを手にしたティッシュで拭う森田は、数度の呼吸を置き強がりを含んだ情けない笑みを作る。
「だから神崎君達が生活してて巻き込まれる事は無いと思う。」
「話辛い内情を教えてくれてありがとう。そういえば・・・甥っ子さんは怪我してないの?」
「なにかあっても守れる気がしないから初めから車で待っててもらったんだ。
僕が救急車に運ばれた後はわからないけど、神崎君が来る少し前に来てくれて・・・。」
数秒の間を置き、追加で手にしたティッシュで鼻をかむ森田は息を整え言う。
「謝られたんだ。怪我させてごめん、巻き込んでごめんなさいって。
そんな言葉を作らせない為に行ったんだけど力不足で悔しいよ。」
服とシーツに落ちる涙と絞り出すように作られた言葉に秘められた無念を感じたアンリは、友人の憂いを断つ方針へと意識を傾けていく。
この辺りではしゃいでる奴等は無頼連合か?
俺等の興行で外部から不良達の流入も増してるから判断に迷うが・・・とりあえず武藤さんの伝手で監視カメラの映像を回してもらうか。
「・・・サラ。少し通話するからその間に森田さんを1階の院内コンビニに連れて行ってくれ。入院生活中の不足品を整える必要もあるから好きな物買って来て良いよ。」
「わかった。おい車椅子とやらに乗せるぞ。私がゴロゴロするからな。」
え?と困惑する森田を抱きかかえたサラは車椅子に座らせるとアンリから財布を受け取る。
未だにキョロキョロ首を回している森田を宥めながら手押しハンドルを握ったサラはエレベーターを目指し歩き始めた。




