継承の始まり
春の柔らかな夕暮れに陰る山間の茜色を眺めるマンションの一室にて気怠さすら感じとれる重いため息をこぼす者がいる。
背後に悲鳴と嗚咽、謝罪と懇願の声に交じりドスの効いた脅し文句とビニールが擦れる音と人を殴る打音を置き改めてため息を作るアマネは、三か月以上続く日常に慣れに似た麻痺感を覚えていた。
ん~縄張りが荒れると警察の活動がこの辺りに向くからその前に私的制裁をするのはわかるんだけど・・・ちょっと数多すぎない?
私が幹部待遇に迎えられた時ってこんな忙しかった気がしないけど?
瞬きの度に茜色が陰り夜の帷が増す中、再度のため息をつき制裁を行っている室内に振り返った。
血痕の飛散防止としてホームセンターで購入したビニールに覆われた空間に結束バンドにて両手を塞がれた2人の男がいる。
足元には折れた歯や爪が転がり、血溜まりの中、頭を下げ許しを乞う2人は数日前まで学生や夜半にはしゃぐやんちゃな子供に因縁をつけていた輩達だ。
「・・・はぁ、反省してる?」
侮蔑色を含む気怠げなアマネの声に、ハッと顔を上げた2人は勢いよく顔上下に揺らし肯定の動きを作り声を飛ばす。
「すまない!悪かった、許してくれ!!」
「2度と手を出さない!本当だ!!見逃してくれ!!?」
「うるせぇボケ!!誰に口聞いてんだ殺すぞ!!?」
悲鳴交じりの許しを乞う2人を数度と殴りつけた山崎達は口を紡ぐよう言い聞かしてから窓辺で黄昏れているアマネに会釈をする。
「すいません。姉さんお耳汚しを。」
「ううん、そろそろソシャゲのイベント時間だから解放してもいいかなって思ってたし気にしないで。」
「あぁ、朝メンテ明けとかなんか言ってましたね。お忙しいならそろそろ終わりにします。」
終わりを告げる言葉に安堵の表情を浮かべたのを見逃さなかった山崎は2人に蹴りを入れ床に転がすと押収していた財布とスマホを手に取り視線を合わせるよう威圧的に顔を近づけ言う。
「今回の迷惑料でもらっとくが文句ねえよな?」
「スマホもっすかぁ・・・?」
口答えをした男を二度殴り、俯いていた男にも連帯責任として一度拳を振るった。
「文句ねえよな?」
「・・・はい。」
「最初からそう言えボケが。」
立ち上がり2人の顔面に蹴りを入れた山崎はアマネに会釈をする。
「こいつら真っ裸にして写真撮ったら適当な駅に捨ててきます。」
「お願いします。またカツアゲしても困るから電車代くらいは渡してあげて。」
「っす。おら、お前ら姉さんに感謝しろボケが!!?」
耳元で飛ばされる山崎の怒声に悲鳴交じりのお礼を口にする2人を見下ろすアマネは慈しみの声色で警告の言葉を舌に乗せた。
「今回は優しい注意で済ませてあげるけど、次に揉め事おこしたら五体満足では帰してあげないから。」
自身の目、耳、腕、脚を順に指さし声色をトーン一つ下げ続ける。
「2つある内の1つを失う気があるならまた会いましょう。住所も押さえたので警察に唄っても構いませんよ。」
「す、すいませんでした・・・2度馬鹿しないっす。」
「勘弁して下さい。もう大人しく過ごします・・・。」
「はい、じゃあ後はよろしく。ボスには私から連絡しておくから部屋の掃除後は解散で。」
室内の部下に指示を出したアマネはスマホ操作しながら出口に向かい歩き出す。
はぁ、ラズさんがいたらこんな事全部任せられるんだろうなぁ・・・。
年始までは見掛けていたが、2度目の興行が始まる位に帰った頭のイカレた怪人の事を思う。
居た時はおっかない人って思ってたけど、こうも連日で制裁が続くと暴力好きな人に任せたくなるなぁ。
縄張りの管理は私の仕事だから立ち会っているけどそろそろ山崎達に任せちゃってもいいのかなぁ?
面倒だし、と脳裏に納得を後押しする理由で補強しながら玄関前でアンリへと繋げた。
「お疲れ様です。今時間いいでしょうか?」
「何時もの定期報告だね。班の管理は貴女の仕事だ。いちいち俺に伺いを立てなくてもいいんだよ?」
「いやぁ、とりあえずなんでもザキさんに報告しておけば面倒時とか対応してくれそうなので・・・えへへ。」
「正直なのはアマネさんの魅力だ。今日も問題なかった?」
靴を履きながら玄関ドア前で荷物を差し出している部下に会釈をし受け取ったアマネは疲れを声色に乗せ言う。
「問題はないです。でもこう連日の追い込みだと精神的に・・・。」
「ナイーブな所は変わらないね。」
苦笑交じりのアンリの声が僅かに憂いを帯び労いの言葉が耳に届く。
「アマネさんが優秀だから甘えていたが確かに休みが取れないのは問題だ。山崎君が管理できるなら県下の不良ごっこしてるグループを囲ってもいいよ?」
「・・・使い捨て前提の兵隊運用ですか?」
「そこも含めて班の運用手腕だ。なに、特殊詐欺上がりの貴女なら匿名で末端を操作するくらいお手の物だろう。」
なるほど、と呟くアマネは部下が開いた玄関を抜け、駐車場まで先導する背に続いていきながら思考を進める。
頭も要領も悪いゴミが混じっていても問題ないよう直接管理するんじゃなくお小遣いの形で手懐ければ地域のたまり場の監視位はさせられるかな。
それなら問題起こしそうな連中をいちいち見張らなくてよくなるし、へました時も切り捨てれば警察の介入でも子供の火遊びで済ませられるよね。
なら、と方針を決め、
「お金配って掌握したいです。少し援助お願いできますか?」
「ん、なら500万用意しよう。代わりにアマネさんの所で回収しているスマホを『飛ばし』に使うから不要分だけでも回してくれ。」
「ありがとうございます。今日中に・・・。」
いや、とアンリから制止の声が届き、数秒の沈黙後に声が来る。
「すまないが今から所用があってね。明日にでもガレージにお願いしたい。停めてある車の中にお金置いておくから。」
「了解です。昼前には届けますのでよろしくお願いします。」
「うん。ではまた何かあったら連絡してくれ。」
じゃね、と切れたスマホから耳を離したアマネは、普段の飄々としたアンリの声色と比べ若干の苛立ちを感じ取っていた。
何かあったのかな?こっちに指示がなかったから私用だと思うけど・・・。
首を傾げるも答えは浮かばず、エレベーターを呼んでいた部下が到着を知らせる合図に思考を切り替える事にした。
スマホをポケットにしまうアンリは一度伸びをしてからソファの背もたれに掛けていたジャケットに手を伸ばす。
一度、二度と空を切りながら指に引っ掛け手繰り寄せた。
「森田さんが怪我したって本当?」
「あぁ、コンビニ行ったらいなくてな。
代わりに働いてたアルバイトの兄ちゃんが言うには昨日の夜に海近くの空き地で不良グループに襲われた。とかなんとか。入院した病院も聞いてるぞ。」
「ふむ・・・前に飲みに付き合ってもらった時に送った事があるけど、海側は住んでいるアパートと方向が違うね。」
サラの返事を聞き、ジャケットを羽織り立ち上がったアンリはリモコンでカーテンの開閉操作をしながら言葉を続ける。
「森田さんの容体は聞いた?」
「そこまでは知らん。ただ、一ヶ月のシフト変更が、とか言ってたから軽症じゃないだろうな。」
「・・・とりあえず入院中か自宅療養か確認だな。見舞品の選定にデパ地下にも行かなきゃ。」
スマホを操作しオススメの見舞い品を検索しながら出掛ける事をジェスチャーで示しながら思う。
うーん、森田さんを襲った奴を探して報復すると、俺達が暴力的って思われちゃわないかなぁ?
出来ることならサラと仲良くしてくれている彼を怯えさせ友人関係が解消とならないよう穏便に取り図りたいんだけど・・・どうしよっかなぁ。
「あまり遅くなるのも迷惑だから早めに行こうか。」
「森田の報復はするのか?」
「状況も理由もわからないし未定かな。話は聞くし望むなら手を貸すつもりだけど俺達が動くとなれば穏やかでは済まないから。」
「そうか、あいつは私の飲み友だからなんとかしてやりたいが・・・そりゃそうか。」
しょんぼりと肩を落としたサラを慰めるように背を擦ったアンリは、見舞い品を探しに外へ繰り出した。
お世話になります。
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