「アハハッ、相変わらずチャラそうに見えて真面目だねぇ、君は」と谷口楓は言った
「なかなかお似合いのカップルじゃない?」新潟乙一は声を潜めて言った。
「・・・そうですね」音無真澄は受付席から一瞬二人の高校生を見て、左隣に座っている同僚を見た。
「ふーん、彼らもやっぱり興味ある絵と無関心な絵とあるんだねぇ。俺なんか絵が分からないから、一瞬で見終わっちゃうよねーっ。そう思わない、真澄ちゃん?」
「でも新潟さん、昨夜はいろいろな絵を一生懸命観ていたでしょう?」
「それはさぁ、真澄ちゃんが丁寧に説明してくれたからだよ」乙一は声を潜めながら楽しそうに言った。
「あっ、そうですか・・・。それは良かったです」真澄は息を飲み俯いた。
「真澄ちゃん、今日の入室者数は何人なの?」
「三十人になります」
「昨日より増えているねぇ」
「ハイ、増えています」真澄はチラッと乙一を見てピンクの唇を軽く噛んだ。
「アレッ、もう七時になったよ。真澄ちゃんは上がってもいいんじゃない?」
「あっ、ハイ。そうですね」乙一の同僚は驚いたように左腕の銀色の腕時計を見た。
「体の調子はどう? 昨日の今日だけど」
「あっ、ハイ。大丈夫です、おかげさまで・・・。昨日は大変お世話になりました。あの、新潟さん、これ、お礼です」真澄は立ち上がり紺色のデイバッグからリボンのついた小さな菓子箱を取り出した。
「お口に合えばいいのですが・・・」真澄は薄い紫色の包装紙に包まれた背の低い円柱型の菓子箱を乙一に手渡した。
「あーっ、ありがとうーっ」乙一は高めのかすれるような声で答えた。
「じゃあ、お先に失礼します」小柄な同僚は乙一に頭を下げた。
「お疲れ様。また明日ね」
「あっ、はい」真澄はそう答えると柔らかな笑みを浮かべた。そしてやや急ぎ足でギャラリーから出て行った。
「ほうほう、乙一君、なかなかやるじゃないですか?」乙一の後ろから聞きなれた声がした。
「部長、相変わらずですねぇ」声をかけられた芸術振興課スタッフは呆れながらグレーのスーツ姿の谷口楓を見た。
「私はセキュリティ対策室、副室長でございます。ここ座っていい?」谷口楓はそう言いながら、先ほどまで音無真澄が座っていた椅子に腰を下ろした。
「今日は何しに来たんッスか?」乙一は声を潜めて訊いた。
「いやぁ、愛する真澄ちゃんがいなくなったから私が乙一君を慰めてあげようかなってね」谷口楓も声を潜めながら嬉しそうに言った。
「彼女とはそんな関係じゃないですよ」乙一は少しムッとした。
「アハハッ、相変わらずチャラそうに見えて真面目だねぇ、君は」裏保安部長は右隣の青年を見て首を左に傾げ高校生二人を見た。
「部長、ずっとこのギャラリーを監視カメラで観ていたのでしょう?」
「甲山ちゃんも気にしていたからね。今年の絵画展は面白いことがありそうだよねぇ、乙一君」
「部長、こっちの身にもなってくださいよ。結構大変ですから」乙一は上司を軽く睨んだ。
「二ヒヒッ、相原君も真澄ちゃんも感度良いからねーっ。あと課内の重鎮、亀井末吉氏はどう?」
「亀さんは課内から動かないです。デスクワークばっかりで・・・。実質、芸術振興課は亀さんが仕切ってるんでしょう?」
「あーっ、まあね。ねえ、乙一君、真澄ちゃんからのプレゼント、ここで開けてみない? 美味しいチョコレートとか入っているかもよ?」谷口楓は受付用の長机に置いてある低い円柱状の菓子箱を凝視した。
「駄目ですよ、これは」乙一は慌てて菓子箱をグレーのジャケットのポケットに入れた。
「アレェ、甲山ちゃんはクッキーくれるのに」
「真澄ちゃんと甲山さんとは違うッス」
「まあね。ふーん・・・」谷口楓はそう答えると周囲を見回した。
「へぇー、大したもんだ」
「この部屋の空気が変わったでしょ」乙一は女子高生を見ながら呆れたように呟いた。
「私も華ちゃんと同じ部屋にいるのは初めてだけど、華ちゃんと一緒にいたら気分いいだろうねぇ」
「そうッスね」芸術振興課の男性社員は記名帳に眼を落した。
「昨夜、華ちゃんがここに来たら真澄ちゃんも倒れることはなかったんじゃない?」谷口楓はニタニタ笑いながら乙一に訊いた。
「部長、何ですか、その顔は」
「いやいや、そうだとしたら君が真澄ちゃんを介抱出来なかったでしょう。今日、華ちゃんが来て良かったねぇ」
「何言ってるんですか」乙一は嘆息しながら答えた。
「まあまあ、そんなに怒らないで」
「怒ってないですよ」
「私たちも今回の絵画展のことは気にかけているので、新潟君、大船に乗ったつもりで安心してお仕事をしてくださいね」谷口楓は眉間に皺を寄せ口を尖らせて言った。
「これまでの経験で部長の言葉が一番信用ならないッス」乙一は横目で裏保安部長を見た。
「あちゃー、これは参ったッス。でもね、それはわたくしが乙一君の力を信じているからだよぅーっ」谷口楓は悩みつつ喜んでいる表情を浮かべた。
「ハイハイ、分かりました」
「フフフッ。おっと、もうこんな時間。じゃあね新潟君」谷口楓は部下の左肩を軽く二回たたいて白い出入口ドアに向かった。乙一は上司の小柄の姿が見えなくなると、彼女の気配が全く残っていないことを感じ「ハァ」と嘆息した。




