雹の絵の前で
華は展示されている絵画の半分くらいを見終わった。
「これは・・・・・・」尊が思わず呟いた。
「うん、真壁さんの絵だよ」
「・・・・・・」城北高校文芸部の男子高生は言葉を失ったように佇んでいる。文芸部長はいつも冷静な後輩が目の前の絵を凝視していることに、ある種の嬉しさと安らぎを覚えた。
「何か感じたかな、尊君?」
「そうですね。部長は変に思うかもしれないけど、この女性は宮森部長に似ているように感じました」
「エッ、私に?」華は自分の顔を指差した。
「容姿が似ているわけではないのですが、雰囲気というか存在の在り方というか・・・」
「ふーん」華は尊の言っていることが腑に落ちなかった。彼女は眼を細めて目の前の白い少女を見つめた。真壁褾の絵を見つめている女子高生の脳裏には何も浮かばなかった。ただ絵の中の白い少女の鳶色の瞳が真っ直ぐ華の黒い瞳を見つめている。
(昨夜観た真壁さんの画集で美冬が頭の中に出てきた。真壁さんの自画像なのに美冬を連想したってことかな。美冬と真壁さんに繋がっている何かがあるの?)
「ねえ尊君・・・」華は口から勝手に言葉が出たように感じた。
「はい」尊は静かに答えた。
「昨日の夜、私、尊君に電話したでしょ。その前に真壁さんの画集を観て無性に尊君の声が聞きたくなった」
「・・・ええ」
「昨夜、真壁さんの絵を観て何故か美冬の顔が浮かんできたんだ」華の声は呟くような乾いた響きだった。
「この絵を観てまた渡辺さんの顔が浮かびましたか?」
「ううん」華は二回首を左右に振った。
「今日、真壁さんの自画像を観ても何も浮かばない。尊君はこの絵を観て私の顔が頭の中に浮かんだの?」
「いえ、宮森部長の顔は浮かびませんでした」
「でもこの絵の少女と私は雰囲気が似ているんだよね」
「はい」
「私は真壁さんのような落ち着いた雰囲気はないと思うけど・・・。でも何処かが似ていると思った?」
「はい、ちょっと言い方が良くないのですが、ある種の切迫感みたいなものが二人にはあると感じました」尊は前髪を少しだけ掻き上げた。
「切迫感?」城北高校の文芸部長は首を傾げた。
「適切な言葉が見つからないのですが、部長とこの絵の少女はいろんな制約を打ち破る覚悟があるような・・・あっ、すみません。分かりにくいですよね」文芸部の後輩は緩やかな黒い巻き毛を右手で撫でつけた。
「ううん、何となく分かるよ。でも尊君、私がよくプンプン怒るからそう思ったのかな?」
「いえいえ、そうじゃありません」尊は慌てて首を振った。
「フフフッ、そうかな。私と彼女と共通するところって足の不具合があって、あっ。私はほとんど不具合はないけど。でも、そこら辺から出てくる意固地みたいな感情かもしれないよ」
「ウーン、どうでしょうか・・・・・・」
「へぇー、尊君でも言い淀むことがあるんだね」華は微笑んだ。
「宮森部長、僕は悩んでばかりですよ」
「本当?」
「本当ですよ」尊は照れくさそうに言った。
「ねえ、どんなことで悩んでいるの、尊君?」
「僕は自分自身の意思がないのです」尊は瞼を閉じていた。
「エッ、そんなことないよ。尊君はいつもしっかりと自分の考えを言っているよ」
「そうですか・・・」尊は悲しそうに華を見た。いきなり華は両腕で文芸部の後輩の右腕を抱え、右に異動した。
「どうしました、部長?」尊は右腕に女子高生の胸の柔らかさを感じ驚いた。
「うーっ、何か、真壁さんの絵の前にいるのが嫌だ」華は上目遣いで不機嫌な表情を浮かべた。
「あ、あの、部長。右腕が・・・」
「あっ! あっゴメンね」華は慌てて両腕を離した。そして尊の顔を見て小さく笑った。
「尊君、今日はいろんな顔しているねーっ」
「それは宮森部長のせいですよ」尊は少し不服そうに答えた。
「そう、フフフッ」華は自分が尊よりも一歳年上なのかなと感じた。そして彼女の視線は尊から緑の色があふれている草原の絵に移った。




