王祖の遺産は受け継がれる
そういえば、王祖が残した物で一番大規模だったのは国自体だった訳だけど。次はこの『王祖の迷宮』だった訳だね。『王祖の残り香』の意思を継いだ人々が、何を思ったかここに遺物を集積した。そこに蛟が居たことも理由の一つなのかもしれない。その真意は全て墓の中。
ここは一応魔境のど真ん中。そんなところに普通の人が入って無事なんてことはない。なんらかの方法で安全を保障していたのかもしれないけれど、この森はツェーヴェの知る頃からとても危険だったらしいし。キマイラ含め、何度もツェーヴェは強敵を討ち倒したり、追い払ってきた。その中には世界に一体レベルの存在も含まれていたし、中にはツェーヴェでもボロボロになって何とか……と言った存在も居た。
以前聞いた『月を食らう者』という狼系魔物の最上位種のことだ。周辺被害さえ考えなければ僕が居れば圧勝だとツェーヴェは言うけど……。そう言えば、ツェーヴェは大暴走の日から、僕を明確に頼るようになった。きつく叱ったのが効いたのか? 僕もスルトに泣かれた時は、心に来るものがあったからね。人の情緒を学んでいる僕らにはこういう変化はつきものか……。それから、この迷宮についても今初期メンバーでいろいろ話している。
「王祖の迷宮が作られた理由ですか?」
「うん。これは僕の予想がかなり多いから話半分に聞いて欲しい。それでもそれだけの価値はあると思うんだ」
たぶん、黒龍は大昔はあの王都のあった場所の主だったんだと思う。迷宮もあり、王祖の一族が迷宮を継承することで国は安定した。ここで黒龍がどうなったかは離れる。妄想の域の見解しか出ないので。
で、魔境をベースに国家を作った訳だよね?
それって、現状のこことほとんど変わらないんじゃないかと僕は思っている。確かに王祖の伝承とは違う。王祖は男性だったらしいし、黒龍が切り拓くことに協力したと伝わっている。こことも状況は違うけれど、この『王祖の迷宮』がある理由を僕が考察すると……。王祖はこうなることを解っていて、スペアというか、次世代用の迷宮を用意していた。ここに……。そして、何の作用が働いたのか、エリアナはここに来た。セリアナさんもここに来た。僕やツェーヴェ……あちこちから迷宮主が協力してくれたり……。半ば脅した形のカナンカ率いるラザークや、スルトのおかげで僕らの側についてくれた南方領主の皆さん。今、ここでまとめるのはどうだろうか?
もちろん、二の轍は踏むつもりはない。
あちこちに備えは残すし、この際だから僕ら魔人も統治に全力で協力しよう。本来、自然の中を生きる魔物由来の魔人が、人間に加担するのは難しいところがある。けれどそういう事をずっと並べたててうやむやにするだけでは進まない。ツェーヴェやヴュッカ、スルトのように人や人魚、ドワーフと親密な進歩的な魔人も居ることだ。僕はいい機会だと考えている。
「ふふふ……ついに言ってくれましたね。クロちゃんが私達とちゃんと向き合ってくれるのを待ってました」
「それとこれとは違います。何事にも限度や適切な程度という物があるので。あまりにも酷いなら僕は『黒鋼の森』に籠りますからね?」
「そ、それは困るわ……。解りました。ちゃんと貴方の意見を尊重するわ」
「ありがとうございます。僕も人の文化に寄り添えるように学習は続けますので」
王祖がどういう存在で、どこまでを想定してここを用意したのかは……死者のみぞ知ることだ。まぁ、王祖が魔人と言うならば、場合によっては生きている可能性は無きにしも非ずだけど。僕やツェーヴェなどの土地に名を降ろした主は、土地が生きている限り死なない。土地から供給される魔素で事足りる為に、いつかのヴュッカのように孤独に蝕まれて狂わない限りは壊れることもないと思う。人間のように脆い構造もしてないから、ボケたりもしないし。本当の意味で乱心しない限り誅殺されることもないと思う。
王祖が魔人だったなんて伝承は無い。黒龍も王祖の死後にどこかに去ったという伝承ばかり。
闇の中から拾い上げるなんてことは非効率なので僕はしない。もう考えない。これからは王祖が……『王祖の残り香』の皆さんが繋ぎ残した娘を僕も守っていけばいいのかな? ちょうどいい具合に僕の体色は黒い。目の周りは赤いけど……。あと、竜どころか蜥蜴ですけどもね。
「それでどうするんですか? あまり大っぴらにやるのはあちこちに問題を引き起こしますよ?」
「構いませんよ。それこそこれまでは人間と過度に関わることを控えていました。それを僕らも貴女達の輪に加えたと思えばいいんです」
「ふふふ……。そうね。クロちゃんが……いえ、魔人の皆さんが私達の国民として居ついてくれるという事ですね」
「えぇ、平たく言えば。あまり無茶を言わないで欲しいですけども」
僕とセリアナさんの舌戦の間を、オロオロとしているエリアナ。それを宥めているツェーヴェ。無言でお茶を用意してくれるハーマさんとリリアさん。もうこのメンバーで領主の執務室に居るのも定番になった気がする。これからもいろいろ変わっていくんだろう。変化がない事は無いはず。今だって刻一刻と、何かが動いている気がするんだ。
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それからすぐに問題が発生した。ミズチの大河を挟んで反対側に物凄い数の難民がプ、ラカードを掲げて移入を認めるように叫んでいると、難民の集まる騎士の対岸の領地を治める領主さんから魔法通信機で連絡が来たのだ。別に受け入れ自体はいいのだが……。問題はその北方側の領主の行動だった。
今の北方領は風前の灯である。その領地で領民が領主の許可なく流出するとなると、領は立ち行かない。それでなくとも『先の黒の森大暴走』、『南方征伐』で若い男手という働き手を失った町村は多にのだ。もとより、北方は飢饉が酷いことは以前から報告されている。その領主は衛兵を出してその移民希望者を捕らえて連れて行っているらしい。
それも待遇が悪すぎる。中には罪在りとして見せしめをしているとも聞こえる。
セリアナさんは遣る瀬無いという苦々しい表情だし、連絡をくれた岸際の領主さんも苦虫を嚙み潰したような表情で応接室で僕らに相談してきている。まだ若い領主さんだ。しかも女性。服装は男装という感じで日焼けした肌からは外に居ることが多いことを表している。握手した時も手が堅かった。この人は畑を耕している。武器ももちろん握っているんだろうけど、マメのでき方が違う。
そんな領主さんの嘆願だから聞き入れたいけども。……さすがにこちらから戦争を起こすことは避けたい。確かに助けたいは助けたいが、正規の手続きではなく夜逃げの扱いでは渡り切っているならばまだしも、対岸での訴えではどうにもし難い。
「手を貸すにしても、僕達が手を貸していることがバレると返還要求されるだけです。なので、方法としては本当に奇抜な方法になるかと」
「えッ? やるの? クロちゃん」
「やるしかないでしょう。僕だって鬼にはなり切れない。それに向こうの領主にも一度挨拶には行こうと思ってはいました。……食い下がる資格があるかどうか見極める程度はしないと」
さすがに僕の魔素漏出を抑えないと、セリアナさんでも冷や汗を流しますか。目の前の領主さんには悪いことをしたかも。一応気は保っているけど、きつく握りしめている両手や膝は激しく震えている。僕は余程濃い魔素でもなんともないけど、普通の人からすると過剰な魔素を浴びると激しい寒気や悪寒を感じるらしい。それこそ、一瞬で厳冬の湖面に投げ出されたようになるとのこと。
ハーマさんに注意されたので、笑顔で謝り漏出をひっこめる。
セリアナさんを抑えるのはこの方法が効果的だと解ってからはこの方法で半ば脅して抑えるようにしている。じゃないとこの人は本当に調子に乗るので……。確かハーマさんだったかな? ツェーヴェも言ってた気がするが、この人は子供のままに年齢を重ねたような人らしいから。見た目も心も子供のまんま。確かに可愛らしいし、天真爛漫で趣味も幼女そのまんま。腹黒いことを除いて……。そう言う人には力で押さえつける方がいいんだよね。仮面をつけてるんならひん剥けばいいのだから。
「さて、今回は面倒なことになりそうなので、僕だけで動いても問題ないですよね? 確か、僕は皆さんの婿扱いでしたし? 代理になるには十分な身分ですよね?」
とりあえず、有無を言わせないように畳みかける。それに領主親子にはどうしても来ないで欲しい理由がある。セリアナさんもエリアナも一応護身の訓練はしているが、さすがに大男に組み伏せられてしまえばどうしようもない。銃にしても奪われなければ心強い武器だけど、あれは自身にも危害を加えることができる武器だからな。
そこを突かれるとセリアナさんとエリアナはすごすごと引き下がった。……強敵はここから。ヴュッカは引き下がってくれるが、1人絶対に引き下がらないのが居る。こういう時は1人の方が動きやすいのに……。ツェーヴェはお客さんが居るのに僕にソファの後ろからしなだれかかり、頬へ長い舌を這わせてくる。……さすがに思うところがあったので、舌をつまんで引っ張った。痛いだろうけど、さすがに場を選んでそういう行為はしてほしい。
日焼けした顔を紅潮させる若い女性領主さんだけど。僕は真剣に彼女に問う。
受け入れは彼女の領地のみでは難しいことは解っている。だから周辺領地にも協力をお願いし、受け入れ態勢を整えてくれている領主さんは多いそうだ。それでもどれ程の難民紛いの移民希望者が居るかも未知数。その時あぶれた人々が居た時、どうするかをしっかりと聞いておかねばならないのだ。救うだけでは無責任。それからのことをある程度面倒見なくてはならない。
領主さんもその僕の態度に応えてくれた。一時的にこちらに支援を願い出る可能性もある。それを真剣に僕も聞く。物事はいろいろなことを加味した上で、等価の取引をせねばならない。これまででも食料不足が続いていた元ファンテール王国領の領主が払える物とは……。
「わ、私では……どうでしょうか?」
「はい?」
僕の素っ頓狂な返答が、冷え切った応接室内で響いた。……うん。ツェーヴェ、君は抑えよう。領主さんめっちゃビビッてるから。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後115日~120日
主人 エリアナ・ファンテール
身長120㎝
全長16㎝……身長9㎝
取得称号
NEW ・フラグの申し子
取得スキル
~省略~
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