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閑話休題14『どこで間違えたのだろうか?』

 その男は歯噛みしていた。本当ならばこんなことにはなっていなかった。華々しく栄華を極め、愚鈍な王に代わり自分がこの国を導いて行くはずだった。しかし、現実は異なった。愚王による度重なる叱責に彼は耐えがたい屈辱を感じていた。

 いらだっても現実は変わらない。彼は切り替えたつもりで出撃命令を受けた。魔法の実力は魔法兵団でも屈指の物。指揮能力も訓練試合では負けなし。その自分がこの軍の先頭に立ち、気に入らない南方の下級貴族を蹂躙するはずだった。しかし、総指揮官は国王リックス自らが行うというわがままが飛び出した。……ケンベルクはいらだったがもう、誰も国王を止めなかった。もう愚王を抑え、軌道修正をしてくれるような家臣は一人として残っていなかったのだ。

 ケンベルクは理解しているか疑問だが、国王リックスからすればその魔法力が惜しいが為に生かされただけだった。その力の無かった血族は罰として処刑された者も居る。彼の腹違いの弟やその母親がいい例だ。いわゆる見せしめ。無能はいらない。国王に逆らえばそうなると見せつける為の生贄に使われた。それすら怒りから我を忘れ、ケンベルクの閑寂を諫めてくれる執事ももう居ない。彼は完全に孤立し、暴走していた。

 しかも、彼はもっと納得いかない場所に配置された。百歩譲って国王が総指揮官として出撃するのは仕方がない。しかし、実力として自分以下の元部下の年寄りが、魔法兵団の団長だったからだ。彼は隊列を組んでいる最中からずっとイライラしていたのだ。それは戦が始まってからも変わらず、むしろそれ以上に怒りは燃え上がることとなる。

 ミズチの大河の対岸に突然、敵の軍が姿を現した。まるで演劇の幕が上げられたように……。

 国王軍の最前列の歩兵団や中ほどに居る魔法兵団は盛大に狼狽えた。20艇程の上陸艇で渡ろうとし、半数が離岸した直後に見慣れない魔法兵器を構える魔法士の隊列が見えたのだから。彼はそれを見て恐怖した。そんな自分にイラつきは増し、隣の老人が出す指揮など無視し自分が指揮を出すことにした。あの程度のことで狼狽える老害など必要ない。自分が率いた方がより良い戦果を出せると、……この時までケンベルクは疑っていなかった。


「クソッ!! クソッ!! どうなってんだよ!! なんで敵は退かないッ?!」


 ケンベルクは狼狽えていた。隣の老魔導師が焦ったように指揮を被せ、敵の魔法兵や弓兵からの攻撃の牽制を行えと命令を飛ばしたからだ。魔法兵団のおおよそ半数はその状況をすぐさま理解し、牽制法撃へ切り替える。しかし、間に合わなかった。役目があるまでは後方に配置されていたが、上陸作戦があの魔法兵による攻撃で阻止されているなら、兵器で押しつぶせばいいと考えたのだろう。誰の判断かは解らないが、それは順当な判断だ。

 奇策とは言えないし、それを使わねば打開が無い段階で、本来なら後退が最大の良策ではあるのだけども……。兵糧が十分ではない国王軍に後退して戦を長引かせるという考えはない。どのみち初手は上陸艇を燃やされた北方側が押し負けたも同然。敵を押し込み、数で優位な北方領主と国王軍の連合軍が有利な白兵戦に持ち込むには、どうにかするには遠距離攻撃し、上陸するための余裕を作るほかない。

 そうなのだ。無理やり切り抜けるとするならば、より攻撃力の高い魔導師か攻城兵器を投入し、力押しで捻り潰す。それしかない状況だ。無為に大河へ上陸艇をだしても魔法兵器で有利な敵に落とされるのみ。資源的にはどう考えても国王軍と北方領主の連合軍が劣勢。兵糧も満足に用意できない軍に矢や剣の予備、たいまつや油、火薬などの軍需物資が潤沢にあるわけがない。

 その中で、ケンベルクの判断ミスにより、ピンポイントに攻城兵器を潰された。ケンベルクはその事で激しく狼狽していた。1人混乱の渦中に突っ込んだ彼は、何故か前に出て魔法兵を集めて特攻しようとする。完全に錯乱している。実はケンベルクには実戦経験が無い。訓練での模擬演習は何度も経験したが、これがほぼ初陣のような物だった。


「だ、大魔法? この局面で誰が?」


 ケンベルクの近くに居た若い魔法兵が口走った声を聴いて、彼は『助かった』と考えていた。大魔法は使える魔導師も少なく、その破壊力は一個大隊を一撃で壊滅させられる威力。彼はその大魔法の間に隊列を整える為に、破れかぶれの特攻を仕掛けようとした若い魔法兵を集め隊列を組み直そうとしたが……。その思惑もうまくいかなかった。大魔法の為に用意した兵器だろうか? どこから現れたか解らない敵が対岸ギリギリに出てこようとしている。それをケンベルクと若い魔法兵、弓兵は仕留めようと雨あられと攻撃を加えた。

 だが、ケンベルクやその周囲に居た魔法兵は絶望を見ることとなる。

 老魔導師の極大魔法はかき消され、それのショックが大きかったのか、雑兵からどんどん隊列を崩して逃げようとする。それもそうだ。前方からどのようにしたのか、水面を駆ける巨大な黒い騎馬が突っ込んで来るのだから……。そして、左右からは河を泳いで超えて来た四足歩行の騎竜が再び隊列を食い破り、完全に総崩れ一色。

 無様にもケンベルクは頭を抱え、地に這い蹲って黒い騎馬の突撃から生き残っていた。運がいいのか悪いのかね。しかし、ケンベルクは背後から冷たい声を掛けられ、振り向いた。彼の目の前に居たのは、勇壮な女性剣士だ。


「若い世代となるともう我のことは知らぬのか。はは、我も長く生きた物だ」

「な、なんだよいきなり!! てめぇは何もんだ!」


 ケンベルクは腰に佩いていた剣を抜くが、目の前の女性は構えを解いた。その動きにケンベルクは一瞬怯むが、直ぐに切りかかる。生き残るには殺すしかない。ここは戦場なのだから……。


「こんな愚物があの方々を苦しめていたと思うと呆れが出る。よく聞け? 我が名はハーマ。二代前の王権下での剣聖……ハーマ・カーナムとは我がこと」

「け、剣聖だと?! こ、コケ脅しだ!! 死ねぇッ!!」


 ハーマ・カーナム。剣に生きた女性は昔、セリアナによって精神的に救われていた。セリアナ自身も幼く、ハーマの心にしか残っていないことではあるが。

 その剣聖にケンベルクは剣を向け、駆け抜けた。

 ハーマの振るった剣筋が見えず、自身が切られていたことすらわからず。生き残ったと勘違いした。ケンを投げ捨て走り去ろうとし、彼は顔面から地面へつんのめった。彼の両足は膝から下が離れていたのだ。そして、彼は血しぶきを上げながら次々に体の各部を時間差で切り離されて行くという、とても奇妙な体験をした。これが剣の技を極めた者の技。彼が最後に聞いたのは、葬ったはずの妹と行方不明になったその母親が生きていること、これはその人生を歪めたことの罰だと言うハーマの底冷えするような声だった。

 

 ~=~


 彼の最期はあっけなかった。ケンベルクへ私怨を向け、惨殺した元剣聖はその(なまくら)をその血だまりへ向けて放り投げる。血だまりに突き刺さった鈍などどうでもいいのかハーマは二度とそちらへ視線を向けることはない。そして、逃げ惑う兵士と自ら負けを認める者と……混沌極まる戦場の中、ハーマは悠々と歩き、地を踏みしめて夫である騎士が待つ場所へと向かう。この時、凄惨な処刑が行われていたはずなのだが、そのことを後に知る者はいなかった。その男は……どこで的が得たのだろうか? その男は華々しい栄典劇をその胸に秘めて権謀術数を回し、自身が新世代の王となると疑っていなかった。しかし、その男は戦場に居たことすら一部の者にしか知られておらず、その男が死んでいた事は誰の記憶に残ることもなかった。そして、その愚者の存在は瞬く間に忘れ去られ、新たな国家の新設の影に消えて行ったのだった。 

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