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閑話休題13『とある魔法兵は見た』

 私は猛烈に後悔していた。家族や希望者はなんとか南方へ逃がすことに成功したが、自分は国王軍有数の魔法兵であることもあり、どうしても逃げることはできなかった。また、私は残された領民を最後まで守る義務がある。北方貴族の最下位ではあるが、私にだって領主としての意地がある。今頃は領地を捨て、私の家族が率いる難民団として南西側から手配した密輸船に乗り込んでいるはずだ。

 本来、家族を南方へ逃がしていることすらバレてしまえば糾弾されてしかるべき行為。しかし、この現状で私は……。もう引き返せない私は、何とか生き残ることだけを考えていた。

 私の3人の娘の内、1人は既に死んでいる。上の2人は順調に嫁いで子宝にも恵まれた。私は思い返していた。何とか逃がせた娘、その娘婿と家族達のことを。そして、後悔していた。あの時、ガハルト公爵の元に行かせた三女、リリアのことだ。私もそちらに行くことになるかもしれない。そうなったら、許してくれるかは判らないが、謝ろう。


 ~=~


 戦いの火蓋が切られた。それは突然のことだった。どのような隠蔽魔法を使っていたのか知らないが、大魔法を使う事ができる魔導士の私でさえ解らなかった。大半の魔法士が狼狽える中、隣の若造は歯ぎしりして憎しみに満ちた顔をしているがな……。自分との実力差をしっかりと理解することも、術師の力なのだが……。この国の魔法使いのレベルも落ちた物よ。隣の若造はガハルト元公爵だ。現在は領を守れなかったことと、世迷言を国王の前で宣ったとのことで降格処分を受け、伯爵位だが。ケンベルクだったかな? 入隊からの付き合いがあった、今は亡き我が竹馬が友の息子なのだが……。魔法の力はそこそこあったはずなのだが、戦慣れはしておらぬ。兵卒としてはお粗末すぎる。私も覚悟を決め、国軍の一割ほどしかなれないエリート。魔法兵団のトップとして号令をかける。


「魔法兵団、構えぇ!!」


 しかし、私の号令に応える兵はほとんどいなかった。いや、これは間違いだな。応えることができた魔法兵は、歴戦の幾人かだった。かく言う私も一瞬たじろいだ。私達が見ている前で、革新的な魔法兵器によって誉れ高き王国軍の兵が押し留められ、それどころかほとんど押し負けているのだ。ラザークのように地の利を生かすだけの護り戦とは根底から違う。技術力の差が大きすぎる。何だあの兵器は……。あの距離を性格無比な魔法攻撃だと? 馬鹿げている。

 結局、歩兵団の中で渡り切れた船は数隻。20隻の上陸艇で出てたったの数隻だ。その殆どが着岸すらできず、途中で燃え沈んだ。

 あの中には我らの部下も乗っていた。無念だ。あんな無残に追い立てられる場所に安易に行かせてしまった自分の判断力の無さを嘆く。それに……数隻辛うじて上陸できた部隊へ騎馬突撃した先頭の老将は、ヨハネス・カーナム殿ではないだろうか? どのような状況下でも的確に指揮を通す、知将にして猛将。勇猛な元竜騎士団長だ。先王の時代にセリアナ姫の共となり近衛に移動し、現在は引退して護衛騎士となりフォレストリーグに居ると聞いていたが。

 この時、私はもうこの段階で勝ちは無いと確信した。大河の防御を活かしても、私や魔法兵は退却は愚か逃げ切ることすらできない。この段階で逃亡を考えている時点で、対岸で騎馬を駆る勇猛な老将との差に打ちひしがれているがな。


「くっ! 怯むなッ!! 魔法兵ッ放てぇ!!」


 ケンベルクの若造がぁッ!! 勝手に指揮を飛ばした影響をもろに受けて、本来牽制攻撃をするべき魔法兵の手数が足りていない。左翼と右翼も敵の騎竜から攪乱攻撃を受けて混乱が酷過ぎる。対岸を遠距離攻撃する為のバリスタやカタパルトを次々に先ほどの兵器により破壊されていく。くそッ……狼狽えるな!!

 私は気を引き締め、自陣の兵を少しでも生き残らせることを考えるように指揮を飛ばす。魔法兵は牽制に徹し、弓兵と共に温存しつつ敵の上陸の阻止を徹底させる。ケンベルクの阿呆が何か喚いているが、貴様のことなどどうでもいい。私を慕って残ってくれた者も少ないが居るのだ。私が死んだとしても、彼らだけは助けねばならん。ついででもなんでもいいが、賢く先のある若い兵が少しでも多く生き残ってくれることを願う。

 私の奥義、極大火炎魔法『インフェルノ』を発動する。大魔法は発動までに時間がかかる上、1人で発動する時は魔力切れを覚悟せねばならない。私が一人で大魔法の詠唱に入る前くらいに、ケンベルクの阿呆は前に出て勝手に指揮を飛ばし始める。ここで運命が別れたのかもしれん。私を慕って残ってくれた数少ない弟子や部下が、私のところへ20人程集まってくれる。共同詠唱なら私も魔力切れにはならない。また、本来はこのタイミングで隊列を乱すのは良くないのだがな……。盾を持つ歩兵が十数人。私や弟子、部下を囲うように半円を描き、例の魔法兵器や敵襲を警戒しろと声を張り上げる。

 ははは、考えていることは解る。私と似たような考えをした下級士官の男だ。愛想のない無精髭が濃い。そんな野趣のある表情に使い古した跡のある防具に厳つい日焼けの跡。訓練をしっかりしている証拠だ。コネ入隊のボンボンなど要らん、何故このような有能な男が下級士官なのだろうか。……この国はいつごろから狂っていたのだろうか。


「なッ?!」

「だ、大魔法が…防がれた……だと?」


 私と中年の下級士官の絶望にも似た声に、回りの兵士も呆然と搔き消えた私の大魔法だった跡を見ていた。しかし、中年の下級士官が怒鳴り、反射神経の差で我々より盾を持った若い兵達の方が早かった。気づくのに遅れた私達魔法兵を守るように盾ごと上に覆いかぶさる。その時私の視界の隅に入ったのは、自分達の体を上をまるで避けるように越えて行った巨大な胴体だった。馬だ。馬なのだが。……あんな巨大な馬など居ただろうか? よく鍛えられた農耕馬や輓馬とてあそこまで大柄ではないぞ? 

 その巨大な黒い馬に乗っていた騎士を見て、私は戦慄が走る。ヨハネス殿だ。年齢的には5歳程上で、私が入隊当初はまだ現役の竜騎士だった。今では年齢的にも無理だろうが、まだ若い頃に竜の背から降りた彼。だが、なんて人だ……。今はあんな化け物の様な馬を駆る。私は完全に人としての違いに押しつぶされていた。周りの兵士は脇目も振らずに逃げ出し始めている。敵の歩兵団までこちらに迫って来た……。私は覚悟を決め、中年の下級士官に部下や弟子のことを託し、目の前にたまたま居た竜騎兵の2人に、両手を上げて投降の意を告げる。

 竜騎兵の騎兵は驚くほど丁寧な対応をしてくれた。彼らは戦意無き者は生かす様に指示を受けている様で、私や自分から投降した兵を驚くほど丁重に扱ってくれた。

 さすがに武器や鎧は取り上げられているが、これは当たり前。それに我々には反抗する余力もない。兵糧すら満足に無い状況の国王軍だ。下級の兵になればなるほど体調も悪そうだ。彼らは何の躊躇いもなく、顔色の悪い兵士に簡易の食事を出してくれる。私は本当に……彼らに感謝した。自領が北方であることから、民を生かす為食い下がらざるを得なかったが、私もどこかで見切りをつけておくべきだったかもしれぬ。そんなに遠い目をしていたのだろうか? 軽くからかうような口調で私のところに、先ほどの中年の下級士官がスープの入ったカップを持って現れた。お互いこの後にどうなるかは解らないが、不毛な戦いの中で共闘し短い間ながら戦友であった訳だ。こういう付き合いもありかもしれん。

 私は貴族の次男坊だからと、必死に魔法の腕のみで身をたて、子爵となった。……しかし、貴族という身分は私には合っていなかったのかもしれない。


「大暴走よッ!!」


 その時、私とロアーという名の下級士官の耳にも、女性の余裕のない声が聞こえた。慌てふためく若い兵を私やロアー士官、投降した兵を率いていただろう理解ある将校が統率を取ろうと叫ぶ。何とか収まりかけているところに、砂煙が見え始めた。私や近くの若い兵は絶望に顔が引きつるのを感じる。黒の森遠征の時もこのような状況だったのだろうか? 私はあの時は予備戦力として領地に待機を命じられていたため、詳細を知らないが……。

 私や他の兵が慌てふためく中を南方諸侯軍は、この状況でも統率の取れた美しい動きで帰還の動きを取る。先ほどの竜騎兵などは比較的狼狽の度が低い兵を優先して鞍の上に引き上げ、大河を騎竜に泳がせ超えていく。私とロアー士官もあの黒い巨馬や、大きな鳥の騎手に引き上げられて荷物の様に乗せられ、急増の足場の上を抜けて対岸に抜ける。最後に、水の塊に狼狽え切った集団が包まれ、南方領側へ移された。もう、私や近くにいるロアー士官、若い兵は呆けることしかできていない。いつの間にか恐怖よりも混乱が勝っていた。

 そして、私はこの先に起きた事を命尽きるまで忘れることはないだろう。蛟様のお力は本物だったのだ。


 ~=~


 その後、私は処刑はおろか処罰される事すらなく解放された。地位こそなくなったが、酷い扱いをされることもなかった。先にこちらに移っていた家族のところへ移送され、家族に囲まれながら余生を静かに過ごしている。私はそこで小さな魔法塾を開いた。生活費の足しという事もあるが、それよりもこの救われた命の分を、この先の者へ手渡していければと思う。対象は子供から大人まで、志があるならば魔法を学んでほしい。料金は応相談。身分、出自は関係なし。生活魔法から極大魔法まで……。いや、大魔法はやめておこう。一般に使える便利な物がいい。

 意外と人気が出てしまい、散り散りになった弟子に声をかけて協力してもらって居る。あぁ、私はこういう生き方の方が性に合っていたのだろうなぁ。一つ心残りは、リリアの事だけ。リリアの分も若者を育てよう。それが、私なりの償いだ。


 ~=~


 後にこの男のことは周囲の町村を中心に広がり、ノエ・エリアナ女王国では有名な魔法教導師として名を遺すことになる。この男の名は『アリオス・オルフェンテーク』。ノエ・エリアナ女王国の祖王妃の1人、リリア・オルフェンテークと姓が同じだったことは、果たして偶然であったのだろうか? それは誰にも解らない。本人達も……おそらく知ることはなかったのだろうから。


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