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第六話

定期投稿にすべき?

昇降口の扉を閉めた瞬間、

外の世界のざらついた空気が遮断され、

校舎の中にだけ、かろうじて“昔の匂い”が残っていた。


けれど、それもすぐに幻だとわかる。


廊下の壁には新しい掲示が貼られていた。


『帝国統治下における校内規律』

『反抗行為は軍法会議に付される』

『生徒は身分証を常に携帯すること』


紙は白いのに、文字だけが異様に黒く見えた。


千春が小さく息を呑む。


「……ほんとに、変わっちゃったんだね」


誠は返事ができなかった。

声を出したら、何かが崩れそうで。


教室に入ると、

そこにも“異物”がいた。


帝国兵が一人、

黒い手袋のまま教卓に寄りかかり、

無表情で生徒たちを見ている。


その視線は、

人を見る目ではなかった。


点検する目。

監視する目。

選別する目。


誠は思わず目を逸らした。


千春の肩が震えている。

彼女は必死に平静を装っていたが、

指先が机の端を掴んで離さない。


「……誠」


小さな声だった。


「私たち、どうなるのかな」


誠は答えられなかった。

答えを持っている大人たちは、

もうこの町にはほとんど残っていない。


代わりにいるのは、

無表情の兵士たちと、

黒い旗と、

重たい軍靴の音だけ。


そのとき、

廊下の方で怒号が響いた。


「動くな!壁に手をつけ!」


誠と千春は反射的に立ち上がった。


教室の窓から見える廊下で、

数人の大人の男たちが

壁に手をつかされ、後ろ向きに並ばされていた。


昨日まで近所で見かけた顔。

商店街で声をかけてくれた人。

千春の家の隣の人。


その全員が、

まるで罪人のように扱われている。


「反抗行為の疑い」

「夜間外出の疑い」

「武器隠匿の疑い」


兵士が淡々と読み上げる。


疑い。

ただの疑い。


それだけで、

人はこうして壁に押しつけられる。


千春が震える声で言った。


「……誠、見ない方がいい」


でも誠は目を逸らせなかった。


そのとき、

視界の端で動く影があった。

そこに、あの子がいた。


爆撃の日、

母親の手を握って泣いていたあの子。


今は泣いていなかった。


泣くことすら、

もうできなくなったみたいに。


廊下の影に座り込み、

膝を抱え、

ただ一点を見つめている。


焦点の合っていない、

うつろな目。


その手には、

血のついた女性ものの服が握られていた。


母親のものだと、

見なくてもわかった。


千春が小さく息を呑む。


「……あの子……」


誠は頷けなかった。

喉が固まって、声が出なかった。


子どもの指は、

服の布をぎゅっと握りしめている。

まるでそれだけが、

世界と自分をつなぐ最後の糸であるかのように。


風が吹く。

布の端が揺れる。

砂塵に薄汚れた子どもの髪も揺れる。


でも、

子どもは動かない。


泣きもしない。

叫びもしない。

助けを求めもしない。


ただ、

“そこに置かれたもの”みたいに座っている。


千春が袖を掴んだ。


「誠……あの子……どうしたら……」


誠は答えられなかった。


助けたい。

声をかけたい。

抱きしめてやりたい。


でも、

何を言えばいい?


何をしてあげられる?


帝国兵が近くを通り過ぎる。

子どもを見ても、

何も言わない。

何も感じていない。


まるで、

そこに“人間”がいないかのように。


誠は拳を握った。

爪が掌に食い込む。


「……行こう」


千春が震える声で言った。


誠は頷いた。

でも、

歩き出しても、

あの子の姿が頭から離れなかった。


一週間前、

あの子は泣いていた。


今は泣かない。


泣くことすら奪われた。


それが、

戦争だった。



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