第三話
イラスト挿入したいのにみてみんからメールが来てくれない件
「……千春、大丈夫か」
声が自分のものとは思えないほど掠れていた。 千春は僕の腕にしがみついたまま、震える指先で耳を押さえている。
立ち上がると、 町の空気が変わっているのがわかった。
焦げた油の匂い。 焼けた鉄の匂い。 粉塵が夕陽に溶け、空気が濁っている。
「……嘘、でしょ……」
千春の声が震えた。
パン屋のある通りの方角に、 黒煙が立ち上っていた。
さっきまで、 僕らが笑って歩いていた道だ。
足が勝手に動いた。 千春の手を引き、煙の方へ走る。
地面には、 割れたガラスが夕日を反射してそこだけ星屑をひっくり返したように輝いて。 踏むたびに、細かい破片が靴底で悲鳴を上げる。
建物の壁は剥がれ、 看板はねじ曲がり、 電柱は傾き、 どこかで水道管が破裂したのか、水がアスファルトを濡らしていた。
「……なんで……」
千春が呟く。
僕も答えられなかった。
パン屋の前に着いた瞬間、 胸が締めつけられた。
店の外壁は巨人にでも殴られたように半分崩れ、 ガラス戸は粉々に砕け散り、 店内は黒く煤けていた。
「おじさん……!」
千春が駆け寄ろうとするのを、僕は咄嗟に腕で止めた。
「待て、危ない!」
崩れた梁が、今にも落ちそうに軋んでいる。
そのとき―― 瓦礫の隙間から、かすかな呻き声が聞こえた。
「……っ、誰か……」
僕は息を呑んだ。
パン屋のおじさんだった。
いつもは白い粉まみれのエプロンは煤で黒く汚れ、 額から血が流れ、 片足が瓦礫に挟まれている。
「おじさん!今助けるから!」
僕は瓦礫に手をかけた。 熱い。 触れただけで皮膚がただれるのではないかと思うほど熱い。
「誠、だめ!崩れる!」
千春が叫ぶ。
それでも、手を離せなかった。
おじさんは、僕らを見ると、 苦しげに、それでもどこか優しく笑った。
「……千春ちゃん……誠……無事で……よかった……」
声が震えている。 呼吸のたびに胸が上下し、痛みに顔が歪む。
「喋らないで!今、誰か呼んでくるから!」
千春が泣きそうな声で言う。
おじさんは、ゆっくり首を振った。
「……いいんだ……もう……」
「よくない!よくないよ!」
千春の声が裏返る。
僕は瓦礫を必死に動かそうとした。 でも、びくともしない。
おじさんは、僕の手に触れた。 弱々しい、けれど確かな力で。
「……誠……千春ちゃん……逃げな……」
「え……?」
「……帝国軍が……来る……」
その言葉が落ちた瞬間、 遠くからかすかにしかし確実に、太鼓のような、死神の鼓動のが響き始めた。
最初は風の音だと思った。
夕暮れの静けさの向こうで、何かが規則正しく空気を震わせている。
――ドッドッドッドッ。
耳を澄ますまでもなく、その音は少しずつ大きくなっていった。
誠は顔を上げた。
西の空は燃え残った炭のような朱色に染まり、その下で傾いた陽が世界を黄金色に照らしている。
その光の中に、小さな黒い影がいくつも浮かんでいた。
ゆっくりと、しかし確実に近づいてくるそれらは、回転翼の唸りとともに空を埋めていく。
まるで空そのものに鼓動が生まれたみたいだった。
彼は無意識に息を呑む。
丘陵の向こうでは、さらに別の影が動いていた。
長く連なる車列。
巻き上げられた砂塵が夕日に照らされ、黄金色の煙となってたなびいている。
その光景はどこか幻想的で、美しかった。
けれど同時に、その美しさの奥には説明のつかない圧力があった。
人の意思ではどうにもならない巨大な何かが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
そんな予感。
回転翼の重い鼓動が胸の奥まで響くたび、自分がその巨大な流れの前ではあまりにも小さな存在なのだと思い知らされているように感じる
千春が僕の袖を掴む。
「誠……来てる……!」
僕はおじさんの手を握り返した。
「ごめん……ごめん……!」
おじさんは、かすかに笑った。
「……生きろ……」
その言葉が、 爆撃よりも重く胸に刺さった。
僕は千春の手を掴み、 足音から逃げるように走り出した。
振り返ると、 黒煙の向こうで、 帝国兵の影がゆっくりと町へ入り込んでいくのが見えた。
世界が、完全に変わってしまった。
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