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魔女達のティータイム  作者: こう


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8/17

あの日の約束1


 その日、谷底に住む魔女は轟音で目を覚ました。


「……まったく、今度は何が落ちてきたというのかしら」


 光の差し具合から、まだ夜明け前ではないか。

 長い銀髪を手櫛で撫でつけて、枕元に置いていた眼鏡をかける。寝起きもあってぼやけていた視界が、より鮮明になった。

 万が一のことを考えて指先を振り、寝間着から普段着のシャツとパンツという動きやすい格好へと着替えた。

 魔女の棲む場所が場所なだけあり、時々いろいろなモノが降って来る。

 着地を誤った動物や足を滑らせた人間。足場が悪いのか、落石など珍しくはない。

 勿論それらが魔女にぶつかれば流石に怪我をする。住処の範囲内には決してなにも降ってくることが無いよう魔法が施されているが、範囲内に落ちないだけで範囲外には落ちるのだ。

 そしてそれを把握せずにいれば、トラブルの目になることも珍しくはない。


(お師匠様も厄介な場所に住まいを作ったものだわ……地下工房も充実しているから居住を移すのも厄介だし。これさえなければ充実しているのよね)


 溜息を溢しながら、外に出る。視線を巡らせれば目的のものはすぐ目に入った。


「……馬車」


 これまた大きなものが落ちてきたものだ。

 こんな夜明け前にいったいどこへ向かっていたのか、馬車が一つ落っこちていた。

 運悪く岩の突起に貫かれて馬は即死。馬車の形状は残っているが、そちらも落ちる際に岩壁に何度か打ち付けられたのか大分ひしゃげている。これは乗っていた人間も無事では済まさないだろう。そもそも御者の姿が見えない……と思えば、馬車の下敷きになっていた。


(朝から見る惨状ではないわ……でも放置も出来ない……中の人間はどうなっているかしら)


 死んでいるなら死んでいるで、処理しなくては腐る。

 魔女は仕方がないと覚悟を決めて、歪んだ馬車の扉を開けた。


 予想していた通りの惨状が、充満している。

 大人が二人に子供が一人。妻を抱いた夫が頭から血を流し、子供を抱いた母親が腹から瓦礫を生やしている。

 大人二人はお互いが大切なものを守るよう丸まったのか、一番損傷が激しいのは男だが、母に抱かれた子供は―――。


「……あら?」


 ふと、気付いた魔女は綺麗な両の手を肉塊の間に差し込む。

 強固な盾になるようきつく抱きしめた母の腕を解き、彼女が何よりも守りたかったのだろう子供を抱き上げた。


「……驚いた。あなた、生きているのね」


 親の執念か愛情か、呪いの一種か魔女にすらわからない。

 両親の身体で守られた子供は、奇跡的に生きていた。


 魔女が拾い上げた子供は五つほどの、人間の男の子。

 抱き上げて気付いたが、どうやら高熱に魘されていたらしい。


(……成程、我が子を医者に見せるためあんな時間に馬車で急いでいたというわけね。その所為で谷底に落ちるなんて、人間は本当に考えなしだわ)


 その結果、こうして一人だけ生き残った子供はどうなるというのか。

 折角助かった命なのだ。奇跡とも執念ともとれる巡り合わせを、ここで無碍にするのも勿体ない。


「……仕方がないわね」


 わたくしが育ててあげるわ。


 魔女は抱き上げた幼子を、柔らかく抱え直した。



 その夜、少年は高熱を出して寝込んでいた。

 原因は不明。慌てた両親は医者のいる町まで、急いで馬車を走らせた。

 混濁する意識の中、少年が覚えているのは自分を抱く母の温もりだけ。

 酷い揺れも、音も、何も覚えていない。

 ただ自分を守る様に包んでいる温もりだけ。


 ――衝撃の果てに冷めて行った、その温もりだけが全てだった。


 お母さん。お母さん。

 お父さん。お父さん。


 天と地がひっくり返ったような衝撃。どんどん冷めていく腕。身体が重く、目も開けられず、何が起こったのかも把握できない。

 ただ本能で理解していた。

 大好きな二人が、もういないこと。

 今この瞬間に失われてしまったこと。

 呼びかけても、もう答えてはくれないということ。


 お母さん。お父さん。

 一人にしないで。置いて行かないで。

 独りぼっちは嫌だ。

 お願い、連れて行って。

 神様お願いです。僕も――。


「起きなさい」


 静かな女性の声に、目を開ける。

 そこには見たことのない、綺麗な女性。

 寝台に寝かされている少年を上から覗きこみ、長い銀の髪がカーテンのように流れている。空色の垂れた瞳の下には黒子が一つ。横長の眼鏡が、彼女の微かな動きにきらりと反射した。


「そろそろ水をお飲みなさいな」


 彼女はそう言って、少年の背中に手を差し込んで上体を起こさせる。呆然と美女を見上げていた少年は、そこではっと現実に戻って来る。

 そうして思い出した。

 両親が死んでしまったこと。

 自分一人だけ生き残ってしまったこと。

 彼女に拾われたこと。

 彼女が魔女だということ。

 未だ高熱で魘される自分を、魔女が甲斐甲斐しく看病しているということ。


 まるで、夢物語のような出来事。

 しかし口元に差し出された水差しの冷たさが、容赦なくこちらが現実だと突きつけてくる。


「……!」

「あら」


 衝動的に、重い手を振り上げて魔女の手から水差しを叩き落とす。鈍い音を立てて、水差しは砕け散った。


「なんで……っなんで僕だけ……!」


 なんでどうしてと泣きわめく。鉛のように思い手足を必死に動かして暴れたが、しなやかな魔女の腕ですぐ取り押さえられてしまった。

 高熱で痛む頭に、涙で腫れた目元が痛む。ふうふうと興奮で上がる呼吸を必死に繰り返しながら、少年は譫言のように繰り返した。


 ――冷たい指先が少年の涙をぬぐう。


「命の恩人に対する態度がなってなくてよ」


 冷たい物言いなのに、触れる手つきは優しかった。

 熱に魘されながら、美しい魔女を見上げる。


「まったく、イケナイ子ね……」


 そう言って微笑んだ魔女は――――悪戯っぽく、口元を歪めた。


「躾が必要だわ」

「 」


 クールで大人なお姉さんからの、突然の躾宣言。

 その夜、少年はさらに熱を出して寝込んだ。




ねじ曲げられる音がした。

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