あの日の言葉があったから
魔女の足に火がついた。
その瞬間罵声を上げていた民衆たちが歓声を上げる。
歓声に、足元の青年の悲鳴はかき消される。
喉が裂けるほどの声を上げた。
それでも、異常な一体感を抱く民衆たちには届かない。
目の前で燃え盛る炎。風に煽られた熱風が、抑え込まれた青年の顔を撫でた。
熱風。
風が、炎を煽る、風が。
突如、確かな意志を持って唸りを上げた。
炎は魔女を焼かず、魔女を囲む民衆たちに襲い掛かった。火炙りで歓声を上げていた民衆たちが悲鳴を上げる。あまりの勢いに、熱に、強風に立っていられず多くの人間が吹き飛ばされた。
青年を抑え付けていた大人たちも吹き飛ばされて、地に伏した青年だけが残る。
愕然と顔を上げた青年は。
きょとんとする魔女の隣に、見覚えのある人影が現れたのを見た。
「よお、私刑なら混ぜてくれよ――ぐちゃぐちゃにすんのは得意だぜ?」
短い黒髪に白い肌。豊満な身体を覆う黒いドレス。
鋭い紫水晶の瞳を猟奇的にぎらつかせた、美しい魔女がそこに居た。
「黒の、魔女ちゃん……? どうして……」
我に返った緑の魔女が戸惑ったように問う。
魔女達は、交流はしても互いのテリトリーには近付かない。強い魔を持つからこそ、力を分散させるように離れて暮していた。
だから、集会の時くらいしか顔を合わせることははなかったのに。
黒の魔女は緑の魔女を見ることなく踵を鳴らした。そのヒールが足元に転がっている人間の背中に突き刺さるのが見えたが、誰も気にしなかった。
緑の魔女を拘束していたものが砕け散る。支えを失った緑の魔女は、火のついた藁の上に座り込んだが、その火が彼女を炙ることはなかった。同じく拘束から逃れた青年は、這うようにして己の魔女の元へと向かった。
青年が呆然としたままの魔女を抱きしめる。縋る様な仕草は、迷子の子供がやっと会えた母親に縋る姿とよく似ていた。
「アンタの息子が連絡してきたんだよ。正確に言うとうちの従者にな。緑の魔女が火炙りにされそうだって」
魔女が連れ去られて、荒らされた家で目を覚ました青年は、魔女を助けるために必死に考えた。
多勢に無勢なのはすでにわかっている。そんな中から、どうやって魔女を助け出すのか。どうすれば、生き残れるのか。
導き出した結論。自分だけでは、助けられない。
だから青年は、助けを求めた。
自分たちだけで完結しがちな、長い時間を生きるからこそ他者と干渉することも少ない、孤独に生きる魔女たち。
万能に近いからこそ、助けを求めるという選択を忘れがちな魔女たち。
そんな魔女に育てられた――何の力も持たない青年だからこそ、魔女を頼った。
【魔女】を助けられるのは【魔女】しかいない。
他の魔女が駆けつけるかは賭けだった。
助けが間に合うのかも賭けだった。
青年にできるのは助けを求めること、せめてもと邪魔をして時間を稼ぐことだけ。
青年は自分に出来ないことを、出来ることを、よく理解していた。
そして、彼は勝った。
助けは、【魔女】はやって来た。
助けてくれと、願うのは簡単だ。
助けてくれと、叫ぶのは容易だ。
助けてくれと、喚くだけなら誰にだって出来るのだ。
助けてくれと、行動するのは難しい。
誰でもいいから助けてくれ。救ってくれ。そう願い叫び喚くのは誰にだって出来る。普段信じない神にだって、容易に願い請うことが出来るだろう。
だが、助けてくれと――助けてくれるだろう誰かに、そこに居ない誰かに、助かるために行動することは難しいのだ。
賭けに出て、少しでも出来ることをするのは難しい。助けを請う時間が惜しい? 助かるためにかける時間を惜しんでどうする! その選択をすることが、どれほど難しいか!
にやりと笑って、黒の魔女は泣きじゃくる青年を見下した。
「良い息子じゃねーか、緑の魔女」
大きな体も強い力も、問題が起こる前に遠ざける実力も知識もない。
でも、持っていないことを自覚している人間だ。
持っていない中で、助けを求め行動することが出来る人間だ。
黒の魔女にそう言われて、緑の魔女は自分に抱き付き涙する、大きな息子の背中を優しく撫でた。
お互いにボロボロだけど、これだけで満たされた気がした。
「でも……こんな、危険な場所に……私一人を、助けるために」
「魔女狩りは魔女共通の問題だろぉ? それにあたし一人でもねーさ」
遠くからまた悲鳴が聞こえた。
剣劇の音、刃物同士がぶつかり合い弾き飛ばされる音がする。
「黒の魔女ちゃんの、子?」
「おう。ここがあいつの使いどころだろ、張り切ってたぜー。ここはあたしらに任せて、緑の魔女はとんずらしてくれやぁ」
おらさっさと立て、と黒の魔女が二人を急かす。ふらつく彼らを導くように、小道から赤の魔女とその従者が駆け寄るのが見えた。
「逃走経路は赤の魔女が」
誰にも気づかれず見つからない道を、彼らが確保する。
「安全地帯の確保と治療は銀の魔女が」
逃げ場として安全な場所と、治療の手筈を彼らが整える。
「そしてこのあたしが追っ手を殲滅する!」
完璧な布陣だろと笑う黒の魔女は、魔女狩りで憤るというよりもそれに対抗して殺戮する愉しみを見出しているような危うさがあった。
強い魔を持つ魔女に現れる残虐性。
ソレを前面に押し出して、黒の魔女は一歩踏み出した。
「それに緑の、あんた言っただろ」
きょとんとした緑の魔女を振り返り、黒の魔女はにやりと笑った。
「また女子会しようってさ!」
魔女とは、災厄の名前である。
その日、一つの街が崩壊した。
世間的にその街は、魔女の火刑から燃え広がった火に灼かれたと記録されている。
それから魔女を火炙りにすると火が消えず周囲を燃やし尽くすと噂が広がり、魔女への私刑は不吉を呼ぶと言われるようになった。
魔女をどれだけ恐れても、人は手を出してはならない。
だから。
「魔女の不祥事はあたしらで処置しねぇとなぁ」
「あなた、だぁれ?」
貫くような光を背負った、白い少女が首を傾げる。
光と相対して、その影をいつもより黒く染めた魔女は、ヒールを鳴らしながら不敵に嗤った。
「あたしらは――魔女さ」
ハッピーエンドの邪魔をする、悪い魔女だ。
魔女の世界大戦~白と黒の激突~で大陸が割れて地形が変わる。
魔女集会(女子会)が楽しかったので、メンバーを守る為に動いた魔女達。今までは本当に報告会だったので、これがなかったら「へー緑の死んだのか」で終わった。
お話はここで終わりです。
次回、キャラ達の大雑把なその後。




