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メリトクラシア  作者: Lancer
番外編5
40/88

★檻の外で、ふたたび①

──王都の空は、まだ冷たい冬の名残を抱えていた。

試験を終え、静寂の朝を迎えたジェイド。

だが、胸の奥で燃える小さな決意は、

まだ消えてはいなかった──

「選ばれる側ではなく、選ぶ側になる。」

彼の中で生まれた覚悟が、

これからどんな運命を引き寄せるのか――


王都の朝は、いつもより少しだけ肌寒かった。

窓の外で揺れる薄雲の向こうに、弱々しい陽光が射し込む。

ジェイド・レオンハルトはベッドの上で膝を抱え、

かじかむ指先をじっと見つめていた。

(……やりすぎた、かもしれない)

昨夜のことが頭から離れない。

怒鳴り声、冷たい視線、あの瞬間の自分の声……

胸の奥がチクリと痛むたび、顔が熱くなる。

けれど、それ以上に残っているのは――

あの少女、アイリスの瞳だった。

怯えと恐怖に縛られていたはずのその瞳に、

ほんの一瞬だけ、淡い光が宿った。

(……あの光は、俺が奪っちゃいけないものだ)

ジェイドは深く息を吐き、両手で顔を覆った。

耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「……恥ずかしいな」

情けなく、けれどどこか嬉しさが滲んだ呟きが、静かな部屋に溶ける。

カツ…カツ…

不意に扉の向こうから、硬質な足音が響いた。

ジェイドの背筋が無意識に伸びる。

「随分と、顔色がいいですね」

穏やかで少し呆れたような女性の声。

ジェイドはハッとして顔を上げる。

「ユミナさん……?」

扉の向こうに立つのは、ノウス近衛の副官――ユミナ・ヴァルトールだった。

白銀の髪を緩やかに結び、整った軍服姿の彼女は、

優しげな微笑みと、どこか監視者の視線を宿した瞳でジェイドを見つめていた。

「……あなたのような少年が、

あの場であれほどのことをやってのけるとは思いませんでした。」

ユミナは扉をノックせずに開け、

静かに部屋へ足を踏み入れる。

その姿には穏やかさと同時に、

どこか近衛騎士としての威圧感が滲んでいた。

ジェイドはぎこちなく頷く。

「……ありがとうございます」

「お礼を言う相手は、私ではありませんよ」

ユミナは、部屋の窓から外を見やる。

そこには朝の光に包まれた王都の街並みが広がっていた。

「アイリスという少女――彼女があなたに見せた表情、覚えていますか?」

ジェイドは小さく目を見開いた。

あの夜の光景が脳裏に蘇る。

怯えきった瞳、そして一瞬だけ揺れた小さな光。

「……はい」

「その光は、あなたが差し伸べた手が生んだものです」

ユミナは淡く微笑む。

「ですが――その光は、今にも消えかけています」

ジェイドの喉が僅かに鳴った。

ユミナの声は優しかったが、

その奥底にある“監視者としての冷静さ”を彼は感じ取っていた。

「ジェイド・レオンハルト。

あなたは選ばれる側ではなく、選ぶ側にならねばなりません」

「……選ぶ、側?」

「はい。その意味は、いずれお分かりになります」

「……選ぶ、側……」

ジェイドは小さく呟いた。

ユミナの言葉は、胸の奥に重く沈み込む。

自分は本当に、誰かを選べる人間なのか。

まだ何者でもないこの自分が――

(いや、そんなことは……)

彼は両拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。

頭に浮かぶのは、怯えきったあの瞳。

そして、一瞬だけ見えた淡い光。

(アイリス……)

今の自分には、彼女を助ける力も、導く資格もないかもしれない。

それでも、あの光を二度と消させはしない。

「……俺は」

「……?」

ユミナがわずかに視線を向ける。

「俺は、選ばれるためじゃない。

選ぶために、この道を進みます」

その声は小さかったが、

確かな熱を帯びていた。

ユミナは一瞬だけ目を細め、

やがて静かに微笑んだ。

「……その覚悟、見せてください」

ユミナはそう告げると、

踵を返して部屋を後にした。

扉が閉まると同時に、

ジェイドは窓の外を見上げた。

王都の空は、いつの間にか青空が広がっていた。

(もう一度……この手で掴むんだ)















──あの日、彼はまだ何も持っていなかった。

けれど、差し伸べたその手が掴んだ“光”は、

確かに未来を変えていく。


【お知らせ】

少しお時間をいただきましたが、再び更新を再開します。

ジェイドとアイリスの物語は、ここからさらに深まります。

ぜひこの先もお付き合いください。


次回、

★背中合わせの月夜に★

少女と少年の距離が、運命の一歩に変わる夜。


「檻の外で、ふたたび」──

それは希望の名を持つ焔のはじまりだった。



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