★檻の外で、ふたたび①
──王都の空は、まだ冷たい冬の名残を抱えていた。
試験を終え、静寂の朝を迎えたジェイド。
だが、胸の奥で燃える小さな決意は、
まだ消えてはいなかった──
「選ばれる側ではなく、選ぶ側になる。」
彼の中で生まれた覚悟が、
これからどんな運命を引き寄せるのか――
王都の朝は、いつもより少しだけ肌寒かった。
窓の外で揺れる薄雲の向こうに、弱々しい陽光が射し込む。
ジェイド・レオンハルトはベッドの上で膝を抱え、
かじかむ指先をじっと見つめていた。
(……やりすぎた、かもしれない)
昨夜のことが頭から離れない。
怒鳴り声、冷たい視線、あの瞬間の自分の声……
胸の奥がチクリと痛むたび、顔が熱くなる。
けれど、それ以上に残っているのは――
あの少女、アイリスの瞳だった。
怯えと恐怖に縛られていたはずのその瞳に、
ほんの一瞬だけ、淡い光が宿った。
(……あの光は、俺が奪っちゃいけないものだ)
ジェイドは深く息を吐き、両手で顔を覆った。
耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「……恥ずかしいな」
情けなく、けれどどこか嬉しさが滲んだ呟きが、静かな部屋に溶ける。
カツ…カツ…
不意に扉の向こうから、硬質な足音が響いた。
ジェイドの背筋が無意識に伸びる。
「随分と、顔色がいいですね」
穏やかで少し呆れたような女性の声。
ジェイドはハッとして顔を上げる。
「ユミナさん……?」
扉の向こうに立つのは、ノウス近衛の副官――ユミナ・ヴァルトールだった。
白銀の髪を緩やかに結び、整った軍服姿の彼女は、
優しげな微笑みと、どこか監視者の視線を宿した瞳でジェイドを見つめていた。
「……あなたのような少年が、
あの場であれほどのことをやってのけるとは思いませんでした。」
ユミナは扉をノックせずに開け、
静かに部屋へ足を踏み入れる。
その姿には穏やかさと同時に、
どこか近衛騎士としての威圧感が滲んでいた。
ジェイドはぎこちなく頷く。
「……ありがとうございます」
「お礼を言う相手は、私ではありませんよ」
ユミナは、部屋の窓から外を見やる。
そこには朝の光に包まれた王都の街並みが広がっていた。
「アイリスという少女――彼女があなたに見せた表情、覚えていますか?」
ジェイドは小さく目を見開いた。
あの夜の光景が脳裏に蘇る。
怯えきった瞳、そして一瞬だけ揺れた小さな光。
「……はい」
「その光は、あなたが差し伸べた手が生んだものです」
ユミナは淡く微笑む。
「ですが――その光は、今にも消えかけています」
ジェイドの喉が僅かに鳴った。
ユミナの声は優しかったが、
その奥底にある“監視者としての冷静さ”を彼は感じ取っていた。
「ジェイド・レオンハルト。
あなたは選ばれる側ではなく、選ぶ側にならねばなりません」
「……選ぶ、側?」
「はい。その意味は、いずれお分かりになります」
「……選ぶ、側……」
ジェイドは小さく呟いた。
ユミナの言葉は、胸の奥に重く沈み込む。
自分は本当に、誰かを選べる人間なのか。
まだ何者でもないこの自分が――
(いや、そんなことは……)
彼は両拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。
頭に浮かぶのは、怯えきったあの瞳。
そして、一瞬だけ見えた淡い光。
(アイリス……)
今の自分には、彼女を助ける力も、導く資格もないかもしれない。
それでも、あの光を二度と消させはしない。
「……俺は」
「……?」
ユミナがわずかに視線を向ける。
「俺は、選ばれるためじゃない。
選ぶために、この道を進みます」
その声は小さかったが、
確かな熱を帯びていた。
ユミナは一瞬だけ目を細め、
やがて静かに微笑んだ。
「……その覚悟、見せてください」
ユミナはそう告げると、
踵を返して部屋を後にした。
扉が閉まると同時に、
ジェイドは窓の外を見上げた。
王都の空は、いつの間にか青空が広がっていた。
(もう一度……この手で掴むんだ)
──あの日、彼はまだ何も持っていなかった。
けれど、差し伸べたその手が掴んだ“光”は、
確かに未来を変えていく。
【お知らせ】
少しお時間をいただきましたが、再び更新を再開します。
ジェイドとアイリスの物語は、ここからさらに深まります。
ぜひこの先もお付き合いください。
次回、
★背中合わせの月夜に★
少女と少年の距離が、運命の一歩に変わる夜。
「檻の外で、ふたたび」──
それは希望の名を持つ焔のはじまりだった。




