第65話 『黒の書の残響』
ユークとセリナが謁見の間を出てから数時間後。
王城の廊下を歩きながら、ユークは静かに思案していた。
「……フードの男、か」
セリナが隣で心配そうにユークの横顔を見つめる。
「ユーク……何か心当たりがあるの?」
「……いや。ただ……妙だと思っただけだ」
王家の聖剣を取り戻した直後に現れた謎の男。しかも、その力は常識を逸脱していた。
(黒の書の魔力に近い……いや、それ以上かもしれない)
王城の重厚な廊下を進む中、二人は黙ったまま歩き続ける。
そして——
「……お待ちしておりました」
突然、廊下の先に現れたのは《アルカナの塔》の長官だった。
「長官……」
「詳しく話を聞かせていただけますか? “フードの男”について」
長官が静かな口調で問いかける。
ユークは無言で頷き、案内されるままに長官室へと足を踏み入れる。
長官は重厚な椅子に腰掛けると、真剣な眼差しをユークに向けた。
「王家の聖剣を取り戻した直後に現れた、ということですね」
「ああ。そして奴はこう言った——“禁忌を解く者”が現れる、と」
長官の表情がわずかに険しくなる。
「“禁忌を解く者”……ですか」
「意味を知っているのか?」
「……厄介な話です」
長官は軽く息をつき、壁際に飾られていた古びた書物を手に取った。
「これは、《アルカナの塔》に伝わる古文書です」
長官は書物を開き、指で一節をなぞる。
「“禁忌の書を解き放つ者”——それは、“黒の書”に選ばれし存在。黒の書はかつて世界の理を狂わせ、すべてを混沌へと導いた存在……」
「……それが、黒の書の真の力か」
「フードの男が言った“禁忌を解く者”が、ユーク様を指しているのか……それとも、別の存在を示しているのかは不明です」
「だが……それが黒の書と関係しているのは確かだ」
ユークは鋭い眼差しで長官を見据える。
「黒の書を書き換えることができれば、この事態を止めることはできるのか?」
「可能性はある」
「なら……やるしかないな」
ユークは立ち上がる。
「待ってください」
長官がユークを制した。
「その前に一つだけ確認しておきます」
「……何だ?」
「“王家の聖剣”の真の力に、あなたは触れましたか?」
ユークは短く息をつく。
「まだ……完全には引き出せていない」
「それでは、フードの男に勝つことはできません」
「……わかってる」
ユークは剣を握る手に力を込める。
王家の聖剣——それはルミナス王家が代々受け継いできた聖なる武具。
だが、その真価を発揮するには、剣の持ち主が“王家の血”を正しく受け継いでいる必要がある。
ユークが持つ力は、まだ完全に覚醒していない。
「方法はあるのか?」
「一つだけ」
長官が静かに告げた。
「王家の聖剣を完全に覚醒させるためには……《黒の書》に記された“契約”を解く必要があります」
「……契約?」
「王家の聖剣は、黒の書に封じられた魔力によって制限されています。その契約を解かない限り、剣は真の力を発揮しません」
「つまり……黒の書に触れなければならない、ということか」
「危険です。黒の書は——人の精神を侵す力を持っています」
「……それでもやるしかない」
ユークの決意に、長官は深く頷いた。
「ならば……《大図書館》で、“契約”に関する記述を探る必要があります」
「……《大図書館》か」
「ユーク様……」
セリナがユークの腕を掴む。
「私も行くわ」
「セリナ——」
「ユークが一人で危険なことをするなら、私も同じだけの覚悟を持って付き合うわ」
「……セリナ」
ユークは一瞬、迷ったように目を伏せたが——
「……頼む」
ユークが頷くと、セリナは微笑んだ。
「では、準備を整えてください」
長官が立ち上がる。
「《大図書館》への扉を開くには、王家の許可が必要です。陛下には私から掛け合っておきます」
「……頼む」
ユークとセリナが長官室を出ると、夜空には満月が輝いていた。
「ユーク……」
「大丈夫だ。必ず成し遂げる」
ユークは夜空を見上げ、王家の聖剣を握りしめる。
「《黒の書》に隠された真実を……必ず暴いてやる」
月明かりの下、ユークとセリナは静かに歩き出した。
——《黒の書》を巡る戦いは、さらに深い闇へと踏み込んでいく。
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