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第27話 『王女と冒険者、二人の休日』

 朝の王都は、夜の顔とはまるで別物だった。


 石畳を踏みしめる馬車の音、通りを行き交う商人の威勢の良い声、そして焼きたてのパンの香ばしい匂い。

 活気に満ちた市場では、果物や香辛料が山のように並び、行き交う人々が笑顔を交わしている。


 ユークは市場の喧騒を感じながら、街をゆっくり歩いていた。

 昨夜の戦闘の疲労はすでに回復している。

 だが、彼の隣を歩く王女セリナは、少し疲れた様子を見せていた。


 「ふあぁ……」


 セリナは欠伸(あくび)を隠しながら、ユークの腕を軽く引く。


 「まさか、私がこんな市場に来ることになるとは思っていませんでした」


 「王女だからな」


 ユークは淡々と答える。


 「けど、こういうのも悪くないだろ?」


  「いらっしゃい! お兄さんとお嬢さん、リンゴはいかがですか?」


 果物屋の店主が声をかけてきた。

 セリナは興味深そうに並べられたリンゴを見つめる。


 「おいしそうですね……ユーク、どうします?」


 「別に……」


 「ふふ、あなたって、こういうところでは本当に無頓着ですね」


 セリナは微笑みながら、赤く熟れたリンゴを一つ手に取った。


 「じゃあ、これを」


 「へい、ありがとうございます!」


 店主が嬉しそうにリンゴを手渡すと、セリナはそれをユークに差し出した。


 「どうぞ」


 「……なんで俺が?」


 「あなたも疲れているでしょう? 栄養補給は大切ですよ」


 「……別に、俺は疲れてない」


 「それでも」


 セリナはにっこり微笑む。


 ユークは小さくため息をついて、リンゴを一口かじった。


 「……悪くない」


 「ふふ、でしょう?」


 セリナは満足げに微笑む。


 市場を離れて、二人は路地裏の静かな場所に出た。

 ユークは剣を腰に下げたまま、石造りの壁にもたれる。


 セリナはその隣に立ち、静かに息をついた。


 「こうして街を歩くのは、久しぶりです」


 「そんなに忙しいのか?」


 「王族には自由はありませんから」


 セリナは自嘲するように笑った。

 その笑みは、王女としての威厳とは無縁の、年相応の少女の顔だった。


 「王族に生まれた以上、誰かに守られるか、利用されるか。

 私にとって“自由”という言葉は、幻想みたいなものです」


 「……なるほどな」


 ユークは視線を上げる。

 セリナの横顔は、思ったよりも繊細だった。


 「でも、今は違います」


 セリナはユークに微笑みかけた。


 「今は、あなたがそばにいるから」


 ユークは短く息を吐いた。


 「それは……いいのか?」


 「ええ。あなたは私を“利用”してもいい。

 でも、私もあなたを利用させてもらいます」


 セリナは少しイタズラっぽく笑った。


 「公平な関係でしょう?」


 「……そうかもな」



 「……まあ、そうですね」


 セリナは微かに微笑む。

 青い瞳が、市場に並ぶ果物や花に興味を示していた。


 「しかし……」


 ユークは少し目を細めて、周囲を見渡す。


 「護衛もなしに、王女が市場を歩くってのは随分大胆だな」


 「ええ、ですが今は“あなた”がそばにいますから」


 セリナはユークの腕にそっと寄り添った。


 「あなたがいれば、護衛など必要ありません」


 「……人を頼るのに慣れてきたな」


 「あなた限定ですよ」


 ユークは鼻を鳴らしつつも、セリナを拒絶することはなかった。


 夜になると、王都は静けさに包まれた。


 ユークは宿の窓辺に腰を下ろし、外を眺めていた。

 セリナはベッドに座り、髪を梳いている。


 「明日はどうします?」


 「……まずは、情報を集める」


 ユークは剣を軽く握りながら、外の闇に目を向けた。


 「《深淵の手(アビス・ハンド)》が動き出した以上、油断はできない」


 「ええ。でも……」


 セリナは窓辺に歩み寄り、ユークの隣に立った。


 「今日は、少しだけ気を抜いてもいいのでは?」


 セリナはユークに寄り添い、そっと目を閉じる。


 ユークはしばらく黙っていたが——。


 「……ああ」


 静かに頷いた。


 その夜、王都の静寂は穏やかに包まれていた。

見ていただきありがとうごさいます!

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