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第25話 『逃げるか、戦うか』

 王都の夜は、昼とはまるで別の顔を見せる。

 煌びやかな貴族街とは対照的に、闇に沈む細い路地では密かな取引が行われ、誰がどこで命を落としてもおかしくない。

 それが、この街の本当の姿だった。


 そして今、王宮の一角。


 夜風に揺れる庭園の灯火の下で、ユークは王女セリナと向かい合っていた。

 彼女はワイングラスを片手に微笑み、その表情には余裕と何かを見透かすような冷静さがあった。


 「どうぞ、お座りになって。貴族たちの宴よりは静かでしょう?」


 ユークは少しだけ肩をすくめ、向かいの椅子に腰を下ろした。

 この王女は、相手のペースを巧みに支配する。

 強引ではないが、気づけば彼女の思惑通りにことが進んでしまうような、そんな不思議な力がある。


 「王宮に呼び出しておいて、酒を勧めるとはな。随分と気楽なもんだ」


 「今夜は“交渉”ですから」


 セリナはグラスの縁を指でなぞりながら、上品な動作で紅い液体を揺らす。

 その仕草すら計算されたもののように見えた。


 「昨夜のこと、ご存じですね?」


 「貴族派が俺を暗殺しようとした件か」


 「ええ。そして、彼らはまだ諦めていません」


 彼女は静かに言葉を続ける。


 「あなたは王都で一人では生き残れません。貴族派、ギルドの上層部、錬金術協会、そして裏社会……。

 彼らがあなたを放っておくはずがない」


 ユークはワイングラスを軽く揺らしながら、無言でそれを聞いていた。

 セリナの言葉は冷静で理に適っている。

 だが、それが「事実だからこそ」、彼は容易に首を縦には振れなかった。


 「つまり、お前の“庇護”を受けろってことか?」


 「違いますよ、ユーク」


 セリナはゆっくりと微笑んだ。


 「これは取引です。あなたが私の側につけば、王都での自由を保証しましょう」


 「……自由?」


 ユークは鼻で笑う。


 「誰かの傘の下に入ることを自由とは言わない。それはただの“従属”だ」


 「では、あなたにとっての自由とは?」


 「……誰にも縛られず、生きることだ」


 「王都にいる限り、それは不可能です」


 セリナは断言した。


 「もしあなたが本当に自由を求めるなら、王都を出るべきでしょうね」


 ユークは沈黙する。


 (つまり、俺が王都に残るなら、どこかの派閥につかなければならない……か)


 この女は、最初からユークが「王都を出る選択肢を取れない」と見抜いているのだろう。

 それが分かるからこそ、ユークは苦笑したくなった。


 「お前、こういう交渉は得意そうだな」


 「ええ。私は王族ですから」


 セリナはグラスを口元に運び、微かに笑った。


 ユークはゆっくりとグラスを置いた。


 「……考えさせろ」


 そう告げた瞬間——


 バンッ!!


 扉が激しく開かれた。


 騎士たちが慌てて駆け込んでくる。


 「王女様! すぐに避難を!」


 ユークは素早く立ち上がり、剣の柄に手を添えた。


 「どういうことだ?」


 騎士が息を切らしながら報告する。


 「王都の闇組織《深淵の手(アビス・ハンド)》が動きました!この王宮を襲撃するつもりです!」


 「……やはり来たか」


 セリナは驚く素振りも見せず、静かに立ち上がる。


 「ユーク、今夜の襲撃はあなたと私の命を狙っています」


 「……つまり、俺はここでどう動くかを決めなきゃならないわけだ」


 ユークは剣を抜いた。


 「俺が戦えば、王都に残る」


 「ええ」


 「逃げれば、王都を捨てることになる」


 「ええ、そうなりますね」


 ユークは短く笑った。


 「お前、わざとこの状況を作ったんじゃないか?」


 セリナは意味ありげに微笑んだ。


 「さて……どうでしょう?」


 王都の夜が、血と陰謀の香りに包まれていく——。


見ていただきありがとうごさいます!

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