第96話『記憶の門』
霧が消えた先、ユークとセリナの前には、まるで神殿のような構造物が浮かび上がっていた。
扉はない。だが、入り口らしき場所には大きなアーチがあり、その中央に、まばゆい魔力の膜が張られている。
「……また、試練ってやつかしら」
セリナが呟く。
ユークは静かに頷いた。万能適応が、またしても微弱な精神干渉の気配を察知していた。
「“通る者の記憶を、見定める”……そんな感じがするな」
魔力の膜には、文字らしき紋様が浮かび上がっていた。だが、それはどの言語にも属さない、未知の象形だった。
ユークは近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
その瞬間――
世界が、歪んだ。
気がつけば、そこは“過去”だった。
荒れた訓練場。木剣を手に、倒れているのは、かつての自分――幼いユークだった。
「……やっぱり、お前は“中途半端”だな」
立っているのは、レオナール。リーナ、エレナ、ガルフ。かつての仲間たちがそこにいる。
聞き慣れた、だが今となっては遠い声。
「回復魔法も攻撃魔法も、剣技も、全部できる……でも、どれも“そこそこ”止まりだ」
「役立たずだよね、器用貧乏ってやつ」
「補助だけやってればいいんだよ」
その言葉の雨に、幼いユークはただ立ち尽くしていた。
……だが。
今のユークは違う。心の中に静かな炎が灯る。
(その言葉で、俺は変わった。磨いた。鍛えた。お前らの“評価”が、俺を突き動かしたんだ)
思考が明瞭になるとともに、記憶の空間に“ひび”が走る。
次の瞬間、目の前の情景が崩れ去った。
再び、ユークは記憶の門の前に立っていた。額には汗が浮かんでいる。
「……あんた、今、一瞬気絶してたわよ」
セリナの声に、ユークは小さく頷いた。
「見せられた。……過去の記憶、あいつらに追放された日のことをな」
「……辛かった?」
ユークは少し考えて、肩をすくめた。
「……もう慣れたよ。でも、逆に思い出せてよかった。俺がどうしてここに来たのか……はっきりした」
その時、魔力の膜が光を放ち、静かに消えていく。
“記憶を超えた者に道を開く”――それがこの門の意図だったのだ。
「……行こう、セリナ」
「ええ。何があっても、一緒に抜けるわよ」
ふたりは門を越えた。
その先には、まだ見ぬ“ナスラム”の核心が待ち受けている。
異常空間の奥で、次なる試練の影が、静かに蠢いていた。
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