表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/13

第8話 池ポチャトラップ


 我が国(我が家)に、父の同盟国――もとい、父の友人とその娘が来訪したのは、穏やかな休日の昼下がりだった。

 彼女の名前は歩美ちゃん。私よりも1レベル(1歳)上の、大いなる上位存在である。


 私はこれまで、この家における唯一無二の女王として君臨してきた。しかし、歩美ちゃんの登場によって、その絶対的な地位は激しく揺るがされることとなった。


 彼女は大人たちを操る術を完全にマスターしていた。愛くるしい笑顔、流暢な幼児語、そしてあざとさすら感じる完璧な立ち振る舞い。大人たちは「歩美ちゃん可愛いねえ」と完全にメロメロになり、あっという間に彼女の支配下に置かれていた。


 これが、レベル差というものか。私の培ってきたドヤ顔や威厳など、彼女の圧倒的なカリスマの前ではまるで霞んでしまう。私は己より格上の「真の女帝」を前に、強い警戒心と静かなライバル心を燃やしていた。


 そんな緊張状態の中、大人たちの提案により、私たちは近所の植物園へと赴くことになった。

 私にとっては、これが歩美ちゃんとの初の外交、いわゆる「初デート」である。色とりどりの植物が生い茂るジャングル(植物園ダンジョン)を歩きながら、二人の間では「どちらがより優雅に、大人っぽく振る舞えるか」という、静かなマウント合戦が幕を開けた。


 私は先日アンロックしたばかりの「二足歩行」スキルをフル稼働させ、ふらつきながらも懸命に大人の余裕を演出した。しかし、歩美ちゃんの足取りは私よりも遥かに安定しており、「おはな、きれいねー」などと高度な詠唱おしゃべりまでこなしながら、スマートに私をリードしていく。

 くっ、なんて手強い相手なのだ。私は必死に彼女の背中を追いかけた。


 やがてダンジョンの奥地、広大な「菖蒲池」のほとりに到達した。

 水際付近にはひと際美しい紫色の花が咲き乱れ、それはまるで王冠を飾るにふさわしいレアアイテムのように輝いていた。


「あっちのお花、みる!」


 歩美ちゃんが身を乗り出す。負けてはいられない。私が先にあのレアアイテムを間近で鑑賞し、女王としての格の違いを示すのだ。


「あ、あうー!」


 私も負けじと手を伸ばし、歩美ちゃんと場所を取り合う形になった。二人の女王による、プライドを懸けた小競り合いである。

 しかし、それは致命的な判断ミスだった。未熟な二足歩行スキルで、足場の悪い水際に立つべきではなかったのだ。


 つるんっ。


 足元の泥が滑り、二人のバランスが同時に崩れる。


 あっ、と思った時にはもう遅かった。重力には逆らえず、私たちは二人揃って池へとダイブしていた。


 ザバーーーン!!


 激しい水しぶきが上がり、視界が泥水で染まる。息ができない。体が沈んでいく。

 水属性への耐性ゼロ(泳げない)の私は絶望の底に沈む。

 ついに私の短い冒険もここでゲームオーバーか。さらば、愛しき我が領土よ……。


 と、死を覚悟したその瞬間。

 ぽすっ、と私の足先にあっさりと地面の感触が伝わった。


 ……ん?


 顔を上げると、水面は私の腰のあたりだった。

 なんのことはない。幼児の私から見れば底なしの沼に見えた菖蒲池は、実際のところ、ただのちょっと深い水たまりと同レベルの深さしかなかったのである。


「ぷはっ!」


 隣から声がして振り返ると、歩美ちゃんも顔を出していた。

 パニックになって泣き叫ぶかと思いきや、彼女は泥だらけの顔でパチパチと瞬きをした後、満面の笑みを浮かべた。


「ちめたーい! きゃはははっ!」


 バシャバシャと水面を叩き、謎のテンションで大はしゃぎし始める歩美ちゃん。

 その屈託のない笑顔を見た瞬間、私の内にあった張り詰めたライバル心や女王としてのプライドが、池の水と共にサーッと流れていくのを感じた。


 なんだ、ただの水遊びではないか。


「あうあう!」


 私も釣られて笑い声を上げ、歩美ちゃんに向かって水をパシャリとはね飛ばす。

 キャッキャッと笑い合い、二人で泥水まみれになりながら遊ぶ。死の淵(と勘違いした場所)から生還した私たちは、威厳もマウントも完全に忘れ去っていた。

 水遊びという共通の快楽を通じて、二人の女王が強固な同盟を結んだ、歴史的な瞬間である。これでもう、私たちは無敵のパーティーだ。


 しかし、泥だらけの平和な宴は長くは続かなかった。

 岸辺の方から、地響きのような恐ろしい気配が近づいてきたのだ。


「あーっ!! ちょっと、あなたたち何やってるのォォォッ!!」


 見上げると、そこには凄まじいオーラ(怒気)を放ちながら仁王立ちする、「真の大魔王」こと母の姿があった。

 びしょ濡れになった二人の女王は、大魔王の雷をモロに食らい、なす術なく首根っこを掴まれて強制帰還させられることとなった。


 強固な同盟を結んだ私たちの初デートは、お説教とお風呂場への直行という重いペナルティをもって、あえなく幕を閉じたのである。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。

画面下にある【★★★★★】や【ブックマーク】から応援していただけると非常に励みになります。

何卒、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ