第7話 人類最大のスキルと逆さまの装備
大火傷による大幅なレベルダウンから、私のステータスを元に戻すのには数ヶ月という長い時間を要した。
痛みに耐え、地道なリハビリの末に失った筋力を取り戻した私は、ついに人類最大のスキルをアンロックすることに成功した。「二足歩行」である。
高い視線を維持したまま、自らの二本の足でどこへでも移動できる圧倒的な機動力。家の中という初期マップは完全に制圧した。これからは、さらに広大な外の世界を統治する時だ。女王としての私の野望は再び燃え上がっていた。
完全復活と最強スキル獲得を祝し、私は兄の幼稚園バスの送り迎えに同行(パーティー加入)することを許可された。
意気揚々と玄関を飛び出し、外の世界を歩き出す。しかし、新マップは甘くなかった。容赦なく吹き付ける風の抵抗、ハイハイ時代には感じなかったアスファルトの無慈悲な硬さ。そして何より、私の行く手を阻む強敵――些細な「小石」である。
靴の裏で異物を踏んだ瞬間、バランスが崩れた。あわや顔面からアスファルトに激突かというその時、すかさず私の手を強く引き、転倒を阻止してくれた者がいた。「真の勇者」こと、三歳の兄である。
やはり外の世界の難易度は桁違いに高い。当分は勇者の強固な護衛が必要不可欠であると、私は己の未熟さを痛感した。
そんなある日のこと。私は痛恨のミスを犯した。寝坊である。
目を覚ますと、家の中には誰もいなかった。どうやら家族は、私を置いて兄の幼稚園バスのバス停まで向かってしまったらしい。
一瞬パニックになりかけたが、私はすぐに冷静さを取り戻した。
(みんなバス停に行ったのだな。よかろう、ならば私が一人で追いついてみせよう)
これは私にとって、初のソロクエストである。女王たるもの、公衆の面前(外)に出るからには完璧な身だしなみが必要だ。私は意気揚々とタンスを引き出し、高レベル装備であるお気に入りの「デニムフリルサロペット」を取り出した。
しかし、ここで想定外の事態が発生する。この装備、要求される「指先の器用さ」のレベルが異常に高かったのだ。
足を通すのにも一苦労し、肩紐のボタンに至っては絶望的に難しかった。悪戦苦闘の末、なんとか片方の肩だけボタンを留めることに成功する。もう片方はどうしても無理だったが、私はそれで十分満足した。アシンメトリーな着こなし、完璧なドレスアップである。
靴を履き、重い玄関の扉を一人で押し開ける。
初めての、一人きりでの外出。
頬を撫でる朝の空気は最高に気持ちよく、見慣れたはずの道も全く違う景色に見えた。私は伝説の冒険者になったかのような気分で、誇り高く一歩一歩を踏みしめ、バス停へと向かった。
やがて、目的地のバス停が見えてきた。そこには、目を丸くしてこちらを見ている母と、勇者(兄)の姿があった。
どうだ、私一人でここまで辿り着いたぞ。
偉業を成し遂げた達成感とともに、私は特大のドヤ顔で二人の元へ合流した。母と兄はホッと安堵したような笑顔で私を迎え入れてくれた。完璧なソロクエストの達成である。
しかし次の瞬間、母の口から発せられた無情なシステムメッセージが、私のドヤ顔を粉砕した。
「あなた、ズボンが表裏逆さまよ……」
……は?
視線を落とすと、可愛らしいフリルの装飾は背中側にいき、私の正面にはのっぺりとしたお尻側の生地が張り付いていた。
どおりで、着るのが絶望的に難しかったわけである。私は伝説の冒険者などではなく、ただ「ズボンを表裏逆さまに履き、片方の肩紐を引きずりながらドヤ顔で歩いてきた奇妙な幼児」だったのだ。
春の爽やかな朝の空気の中、私の女王としての威厳は、音を立てて脆くも崩れ去っていった。
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