第9話 新たなる玉座(おまる)
兄が幼稚園で「ヒロキ君」という友人を作ってきた。それを機に家族ぐるみの付き合いが始まったのだが、我が家は早々に圧倒的な「格差」という現実を突きつけられることになった。
ヒロキ君の家は、お母さんがお医者さん、お父さんが議員さんという、絵に描いたような超富裕層だったのである。遊びに行くたびに漂う優雅な空気と高価な調度品に、我が家の大人たちは完全に気圧されていた。
そして、私にとっても看過できない事実があった。ヒロキ君の弟、「やっちゃん」の存在である。
彼は私と全く同じレベル(同い年)であるにもかかわらず、なんと既に「オムツ」という初期装備を捨て去り、「おまる」という上位装備を用いて自立的に用を足すエリート幼児だったのである。
世間の大人たちは口を揃えて「いつまでもオムツは恥ずかしい」と教え込もうとする。しかし、精神が成熟した合理主義者である私にとって、その「恥ずかしい」という感情は全く理解できなかった。
考えてもみてほしい。その場で排泄しても勝手に不快感を吸収してくれ、少し泣いて合図を出せば、専属の世話係(母)がすぐに飛んできて新品のサラサラな状態へと交換してくれるのだ。こんなに至れり尽くせりで合理的なシステムが他にあるだろうか。
それなのに、なぜわざわざ尿意を我慢し、自らの足で歩いて、あんな不便で冷たいプラスチックの物体の所まで移動して跨らなければならないのか。全くもって非効率の極みである。私はおまるの存在意義を内心で冷ややかに否定し、オムツ至上主義を固く貫いていた。
だが、事件はある日の優雅なティータイムに起きた。
歓談の最中、ヒロキ君のお母さんがやっちゃんの優秀さを褒め称えた後、ふと私のほうを見て上品に微笑んだのだ。
「あら、まだ仁覚ちゃんはオムツなの?(ウフフ)」
それは、明確なマウントだった。悪気はなかったのかもしれない。しかし、言葉の端々に「うちの子の方が優秀」という響きが確かに含まれていた。
圧倒的なステータス(身分)差の前に、我が母は「そうなんですよ〜、なかなか外れなくて」と、力なく愛想笑いを浮かべるしかなかった。あの大火傷の際、不眠不休で私に無限の回復魔法をかけ続けてくれた、あの愛すべき優秀なヒーラーが、ブルジョアの余裕の前にサンドバッグにされている……!
その瞬間、私の内なる女王のプライドが業火のごとく燃え上がった。
『私の愛すべきヒーラーを愚弄することは、断じて許さん!!』
私がオムツを愛用しているのは、決して知能が低いからではない。合理的だからだ。しかし、このままでは私が「排泄もコントロールできない劣等幼児」であるという烙印を押され、母の尊厳まで傷つけられてしまう。
恥ずかしいからではない。エリート幼児に格下と見られることを阻止し、何より母の誇りを取り戻すため、私は愛すべき利便性を捨てる決意をした。
私はスッと立ち上がった。アンロックしたばかりの二足歩行スキルを駆使し、部屋の隅に置かれたアヒル型の未知の騎獣――「おまる」の前へと真っ直ぐ歩み寄る。
そして、ヒロキ君のお母さんとやっちゃんへ鋭い眼光を向けると、格の違いを見せつけるように、意を決して堂々と新たなる玉座へと跨った。
見ておれブルジョアめ。女王の真の力(排泄コントロールスキル)、今ここにアンロックしてやろうではないか!
――数分後。
そこには、「フンス!」と荒い鼻息を吐き出しながら、新たなる玉座の上でこれ以上ないほど勝ち誇っている一歳児の姿があった。
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