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第10話 合理的最短ルート


 無事にレベル2(二歳)へと到達した私は、できることが格段に増え、その機動力にはますます磨きがかかっていた。

 そんなある秋の日のこと。我が家の絶対的エースにして「真の勇者」である兄の、幼稚園の運動会が開催された。私たち家族は揃って応援席に陣取り、勇者の晴れ舞台を見学することになったのである。


 兄はやはり、只者ではなかった。ポンポンを持って踊る可愛らしいお遊戯はノーミスで完璧にこなし、徒競走では当然のように一番でゴールテープを切ってみせる。その圧倒的な身体能力とスター性を前に、観客席からは惜しみない拍手が送られていた。


 だが、その歓声を聞いているうちに、私の内なる女王の血が静かに、そして激しく騒ぎ始めたのだ。


(あのように称賛を浴びるべきは、兄だけではない。私だって、あのグラウンドで走れるのだ……!)


 自己顕示欲と、機動力を試したいという二歳児の衝動。それが爆発したのは、運動会のメインイベントである「クラス対抗リレー」の最中だった。

 熱狂に包まれるグラウンド。バトンが次々と渡され、ついに兄が走る順番がやってきた。


 その瞬間、私は我慢の限界を突破した。両親が兄の走りに夢中になっている一瞬の隙を突き、私の行動を制限していた結界(張ってあったロープ)を鮮やかに潜り抜け、白線の引かれた競技場へと堂々たる乱入を果たしたのである。


(兄が走るなら、私だって走る!)


 その一心だった。しかし、フィールドに立ち、走者たちの動きを冷静に観察した私の合理的思考回路は、直ちにひとつの大きな疑問にぶち当たった。

 なぜ彼らは、あの白い線 (トラックのカーブ)に沿って、わざわざ遠回りをしているのだ?


 ……なんて非効率な!!


 ゴール(目的)が向こう側にあるのなら、円を描くように走る必要など微塵もないではないか。直線距離で向かうのが、最も無駄のない合理的なアプローチであることは火を見るより明らかだ。大人が定めた「トラックを回る」というルールは、極めて愚かである。


 ならば、この私が真理を教えてやろう。

 私はトラックの白線など完全に無視し、フィールドの中央を一直線に横断し始めた。目指すは最短距離のゴール。これぞ女王の合理主義的ショートカットである。私の突然の乱入と奇行に、運営も両親も対応が遅れた。私は風を切り、ただただ真っ直ぐにゴールを目指す。


 いける、このまま私が一番に――!


 しかし、ゴールの直前で、私の視界は突如として上へとスライドした。

 ふわり、と体が宙に浮く。

 背後から追いかけてきた父に、脇の下に手を入れられ、見事に捕獲ピックアップされたのである。


 ゴールは目の前だったというのに、私の合理的最短ルートの旅はここで強制終了となった。バタバタと足を動かして抗議するも虚しく、私は父に抱きかかえられたまま、無情にもグラウンドからの退場を余儀なくされた。


(なんという理不尽! 私はただ、最も効率的なルートを提示しただけではないか! 不満である!)


 ムスッとした顔で父の腕の中に収まる私。

 だがその時、運動会に集まった大勢の観客たちから、わぁっと温かく、そして大きな拍手と笑い声が湧き起こったのだ。小さな乱入者の最短ルートへの挑戦を、皆が微笑ましく称えてくれている。


 ……ほほう。


 私の不満は一瞬で氷解した。私は父に抱えられながら、沿道の観客たちに向けて堂々と手を振った。


(うむ、皆の者、苦しゅうない。私の圧倒的な合理性に酔いしれるが良い)


 意気揚々とパレードの主役のように退場した私だったが、テントに戻った後、己の出番を終えて戻ってきた勇者(兄)から、優しく微笑みながらこう言われた。


「仁覚ちゃん、ズルはダメだよ」


 ……完敗である。ぐうの音も出ない正論を突きつけられ、私はそっと視線を逸らしたのだった。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。

画面下にある【★★★★★】や【ブックマーク】から応援していただけると非常に励みになります。

何卒、よろしくお願いいたします。

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