表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/13

第11話 北の大地からの帰還と哀しきヒグマ


 我が家の優秀な乗り物であり、頑強な重戦士である父が、長きにわたる出張へ赴くことになった。

 目的地は「北海道」。我が領土から遠く離れた、北の極寒エリアである。そこで一ヶ月間という、これまでになく過酷で長期のクエストに挑むというのだ。


 毎日私を高い視点へと持ち上げ、家中を闊歩させてくれた忠臣の不在は、私の日常ルーティンに深刻なバグをもたらした。父がいない生活にどうしても慣れず、私はすっかりご機嫌斜めになり、日々グズり散らかしていたのである。


 しかし、我が家には「真の勇者」がいる。


 不満を漏らす私を見かねて、真の勇者である兄があの手この手で多彩なスキル(あやし方)を駆使し始めたのだ。お気に入りのおもちゃを絶妙なタイミングで差し出し、時には身を呈して渾身の変顔を披露し、私のヘイト(不機嫌)を見事にコントロールして場を持たせてくれる。


 ああ、やはり我が兄は圧倒的に有能だ。私は泣き止むと同時に、勇者の底知れぬホスピタリティに深く感心していた。


 そして、長きにわたる一ヶ月が過ぎ、ついに忠臣が帰還する日がやってきた。

 久しぶりに父に会える。あの快適な乗り心地を再び味わえるのだ。私のワクワク感は最高潮に達しており、期待に胸を膨らませて玄関の扉が開くのを待ち構えていた。


 ガチャリ。

 重い扉が開き、そこに大きな影がヌッと現れた。


 ……ん?


 私は瞬きをした。そこに立っていたのは、私の記憶に保存されている「少し不器用だが優しくスッキリとした顔の父」ではなかった。


 顔の下半分が、伸び放題の濃い毛でびっしりと覆われている。その姿は、過酷な北の大地からそのまま迷い込んできた未知の魔獣、いや「野生のヒグマ」そのものだった。


 誰だ、このむさ苦しい大男は。私の父をどこへやった。

 明らかな視覚情報のバグと、未知の魔獣が放つワイルドすぎるオーラに、私の思考は完全にフリーズした。


 しかし、我が家の「大魔王」こと母は、私の硬直など一切お構いなしだった。


「ほら仁覚ちゃん、お父さんだよ〜」


 大魔王はそんな能天気なセリフとともに、私の体をヒグマの腕の中へとぽいっと放り込んだのである。回避不能の強制接触イベント発生だ。


「……ッ!?」


 頬に触れた瞬間、かつて経験したことのない「ジョリジョリッ」という凶悪な感触が私を襲った。

 ダメだ、これは絶対に私の父ではない! 私の父はもっと肌触りが良かったはずだ! 貴様、私の父を食ったな!?


 パニックが頂点に達した私は、女王の威厳も何もかも投げ捨て、防衛本能の赴くままに全力の「ギャン泣き(音波攻撃)」を発動した。


「アァァァァーーッ!!」


 全身をのけぞらせ、ヒグマ(大男)の胸の中で激しく暴れ回り、これ以上ないほどの明確な「拒絶」を突きつけたのだ。


 その直後だった。

 一ヶ月間、愛娘に会えることだけを心の支えに過酷なクエストを乗り越え、ようやく抱きしめた瞬間に全力で拒絶された父の顔。

 そこには、言葉では言い表せないほどの悲哀と、深い絶望が浮かんでいた。


「パパだよ……」とでも言いたげな、あのなんとも言えない寂しそうな顔。ギャン泣きしながらも、そのあまりに哀れな表情だけは、私の脳裏に強烈に焼き付いてしまった。


 私の放った全力の音波攻撃は、物理的なダメージこそないものの、父の精神力(HP)を一撃でゼロにしてしまったらしい。


 あの日以来、父は「髭」という装備を完全に封印した。

 どんなに休日の朝が面倒でも、必ず髭を剃るようになった父のツルツルの顎を見るたび、私はあの日の哀しきヒグマの顔を思い出し、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになるのだった。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。

画面下にある【★★★★★】や【ブックマーク】から応援していただけると非常に励みになります。

何卒、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ