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第4話 巨大な眼球と未知の儀式


 ハイハイという機動力を手に入れた私は、日々の探索活動に余念がなかった。

 自らの手足で進み、視界が変化していく面白さ。今日はあの魅惑的な四角い箱(※後で知ったが、ゴミ箱という名称らしい)の中身を調査しようと、意気揚々と床を這って進んでいた時のことだ。


 ふわり、と唐突に体が宙に浮いた。

 何事かと思う間もなく、私はクルリと反転させられ、母の正面に座らされた。私の罪状が何だったのかは今でも分からない。ゴミ箱に手を伸ばしたことがいけなかったのか、それとも何か別のタブーに触れたのか。

 状況を把握しようとした私の両頬を、巨大な両手がガシッとホールドした。


「むにゅっ」


 両側から肉を寄せられ、私の口はタコのように尖らされる。

 痛くはない。だが、女王としての尊厳をひどく傷つけられる、屈辱的な姿勢だった。顔を固定され、首を振って逃げることも許されない完全なる捕縛。

 身動きが取れず苛立つ私の耳に、母の低く真剣な声が響いた。


「目を見なさい」


 言葉の意味は分かる。だが、その「意図」が全く理解できなかった。

 なぜだ。なぜ私は今、あなたの目を見つめなければならないのか。私にはまだ、あの四角い箱の調査という極めて重要な公務やりたいことが残されているのだ。早く解放してほしい。

 抗議の意味を込めて視線を逸らそうとするが、母のホールドは強固だった。私の顔は真正面から母の顔を捉えるよう、ミリ単位で固定されている。


 そして、私は直面することになった。

 至近距離で、瞬き一つせずこちらを見つめ下ろしてくる、巨大な二つの眼球に。


 ……なんだ、これは。


 普段は優しい母の顔が、今は視界のすべてを覆い尽くすほどの巨大な壁となって迫っている。そして、その中心にある眼球が、逃げ場のない私をジッと、底知れない執念でロックオンしているのだ。

 なぜ、この巨大な生物はこれほどまでの至近距離で、私を凝視し続けているのだろうか。


 母の口は絶え間なく動き、何かを言い聞かせているようだった。しかし、そんな説教の声はもはや環境音ノイズとして右から左へ通り抜けていく。

 私の脳内を支配していたのは、理屈ではなく、ただ純粋な生理的感情だった。


 不快。

 ひたすらに、気持ち悪い。


 見つめ合うことで何かが解決するとでも思っているのか。この至近距離での眼球の圧迫感は、もはや恐怖を通り越して気味が悪かった。終わりの見えないこの無意味で不気味な儀式に、私の精神はついに限界を迎えた。

 これ以上、この巨大な眼球と向き合っているのは御免だ。私は手っ取り早くこの儀式を強制終了させるべく、赤ん坊にのみ許された最終兵器を発動した。


「……オギャアアアアッ!!」


 空気を大きく吸い込み、全身全霊の力で大泣き(癇癪)して暴れる。

 結果として、私の思惑通りホールドは解かれ、未知の儀式は幕を閉じた。しかし、母に「目を見なさい」と迫られた時の、あの至近距離の巨大な眼球の不気味さと不快感は、初めての「怒られた記憶」として、私の脳裏にねっとりとこびりつくことになったのである。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。

画面下にある【★★★★★】や【ブックマーク】から応援していただけると非常に励みになります。

何卒、よろしくお願いいたします。

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