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第29話 ちぐはぐな晴れ姿

 

 祖母の葬儀が終わり、私たちは逃げるように東京へと戻った。息が詰まるような田舎の重苦しい空気から、ようやく解放される。そんなひそかな安堵も束の間、家に着くや否や、全く別の慌ただしさが待ち受けていた。私の小学校入学の準備である。


 祖母の介護や葬儀にかかりきりだった大人の都合で、私の入学準備は完全に後回しにされていた。慌てて鞄売り場へ向かったのは、なんと入学式のわずか三日前のことだった。当然ながら時すでに遅し。女の子に人気の赤色や華やかなランドセルはとうの昔に売り切れ、棚に残っていたのは青や黒ばかりだった。


 私は迷わず、真っ黒なランドセルを指差した。


「これでいい」


 そのあっさりとした決断に、父はひどく狼狽していた。


「本当にこの色でいいのか? 女の子は赤なのに……」


 父は最後まで心配そうに、何度も何度も念を押すように聞いてくる。父の目には、娘の晴れ舞台にまともな準備をしてやれなかったという明確な罪悪感が浮かんでいたのだろう。


 しかし、当時の私にとってランドセルなど、ただ荷物を入れるための箱に過ぎない。父がなぜそこまで「女の子は赤」という常識に囚われ、勝手に不憫がっているのか。感情が麻痺しきっていた私には、その悲痛な親心が全く理解できなかった。


 さらに私の異質さを決定づけたのは、入学式で着る洋服だった。


 もはや新しい服を仕立てる時間もなく、私はあろうことか「兄が入学式の時に着ていた男物のスーツ」を着て式に出ることになったのだ。親たちは世間体を気にしてひどく焦っていたように記憶している。


 だが、当の私は違った。

 性別という概念すらよく分かっていなかった私にとって、それは不遇でもなんでもなく、むしろ喜ばしいことだったのだ。絶対的な安心感である大好きな兄が、かつて晴れの日に袖を通した服。それは私にとって、これから始まる未知の学校生活へ向かうための、何より心強いお守りのように思えたのである。


 かくして迎えた入学式当日。

 私の髪は肩まであるセミロングだったが、身に纏っているのは兄のお下がりの男物のスーツ。そして手には真っ黒なランドセルという出で立ちである。


 周りを見渡せば、フリフリのワンピースや可愛らしいスカート、ピカピカの赤いランドセルに身を包んだ、いかにも「女の子らしい」同級生たちが溢れている。その中で、私のアンバランスでちぐはぐな姿は、どう控えめに言っても異質だった。


 周囲の親たちがヒソヒソと視線を向けているのを、肌で確かに感じていた。


 しかし、私の心はどこまでも凪いでいる。恥ずかしいという感情も、自分が浮いているという焦りも湧いてこない。ただ、このバグだらけの姿のまま、私は「学校」という真新しい世界を、まるで他人事のように冷めた目で静かに観察し始めていたのだった。



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