第26話 色とりどりのランドセルと見えない明日
三歳で親元から引き離され、この静かな田舎町へやってきてから、いつの間にか三年という月日が流れていた。
私は六歳になり、保育園では一番上の「年長」クラスになっている。季節が巡り、木枯らしが吹き始める頃になると、教室の空気は目に見えて変わり始めた。周囲の園児たちの話題が、もっぱら「小学校への進学」という輝かしい未来のことで持ちきりになっていったのである。
中でも一番彼らを熱狂させていたのは、新しく買ってもらった「ランドセル」の話であった。
「僕のランドセル、強そうな黒なんだ!」
「私は赤いのにしたよ。お花の手書きの模様が入ってるの!」
教室のあちこで、真新しい色とりどりのランドセルを無邪気に自慢し合う声が、毎日響き渡る。誇らしげに胸を張る子供たちの顔は、これから始まる小学生という未知の生活への期待で、キラキラと眩しいほどに輝いていた。
しかし、私はその歓喜の輪に加わることができない。
私は教室の隅に座り、粘土をこねたり図鑑をめくったりしながら、少し離れた場所から楽しそうなその輪をただ静かに見つめていた。だが、そんな私の孤立に気づいた無邪気で残酷な子供たちは、容赦なく矛先をこちらへと向けてくる。
「仁覚ちゃんは、何色のランドセル買ったの?」
得意げな顔をした男の子から唐突に振られた問いに、私は言葉に詰まる。「まだ、買ってない」と小さく答えるのが精一杯だった。
すると、周りの子供たちは顔を見合わせ、あからさまな嘲笑を浮かべたのである。
「えーっ、まだ買ってないの?」
「もしかして、お家にお金ないの?」
「仁覚ちゃんだけ、小学生になれないんじゃない?」
子供特有の悪意のない、しかし確実な毒を持った冷やかしの言葉が、私の胸にグサグサと突き刺さる。周囲から漏れるクスクスとした笑い声。私はギュッと唇を噛み締め、言い返す言葉を持たないまま、ただうつむいて床の木目をじっと見つめて耐えるしかなかった。
周りの子供たちが次々と自分のランドセルを手に入れ、机に向かうための学習机や筆箱の準備を進めていく中、私にはいつまで経っても、ランドセルが買い与えられる気配がなかった。
毎日優しいご飯を作ってくれる祖母は、小学校やランドセルの話題を決して口にしようとはしない。そして、遠く離れた両親から、私のために何かお祝いの品が送られてくるようなこともなかった。ランドセルどころか、鉛筆一本すら私の手元にはない。
周囲が未来に向かって進んでいく中、私一人の時間だけがピタリと止まってしまったかのように、無情な日々だけが過ぎていく。
自分には、ランドセルがない。皆の言う通り、自分だけが小学生になれないのかもしれない。
その決定的な事実は、幼い私の心に真っ暗で重たい不安の影を落とした。
私は皆と同じように、四月から小学校へ進学できるのだろうか。そもそも、私はこの先どうなるのか。このまま、母親のいないこの田舎の家で祖母と二人きりで暮らし続けるのか。それとも、いつかまた東京へ帰り、優しい兄や両親と一緒に暮らせる日が来るのだろうか。
誰も私に何も教えてくれない。大人たちの事情という厚い壁の向こう側で、自分の運命がどう転がっているのか、六歳の子供には知る由もなかった。
自分だけが、どこにも根を張ることのできない「根無し草」のように思えた。光に満ちた周りの子供たちの希望に溢れる姿と、ランドセルさえ持たされていない自分の宙ぶらりんな現実。
そのあまりにも残酷な対比に、私は声を出して泣くこともできず、ただ見えない明日に一人怯えながら、田舎の冷たい空をじっと見上げているしかなかったのである。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。
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