第24話 純粋な疑問
目の怪我という痛ましい事件から少し時間が経ち、私は以前にも増して家の中で静かに過ごすことが多くなっていた。
そんな変わり映えのしない田舎の日常に、ある日、小さな波紋が広がる。母の兄の娘にあたる、従姉の「ケイちゃん」が祖母の家に遊びにやってきたのだ。
小学校の高学年だった彼女は、五歳の私から見れば随分と大人びたお姉さんである。あの怪獣ごっこの一件以来、私は年上の子供に対して少しだけ臆病になっていたはずなのだが、ケイちゃんの持つ親族特有の穏やかな空気と、私を「仁覚ちゃん」と呼んで優しく構ってくれる態度は、そんな警戒心をいとも簡単に解きほぐしてくれた。
居間の畳の上で、ケイちゃんは私の隣に胡座をかいて座り、ポケットから見慣れない小さな機械を取り出した。
パカッと二つに開く、いくつものボタンがついた「携帯電話」である。当時の私にとって、それは大人だけが持つことを許された魔法の道具のように見えた。
ケイちゃんが親指で器用にボタンを押すたびに、ピコピコと小さな電子音が鳴り、手のひらサイズの液晶画面がチカチカと色鮮やかに発光する。彼女はその小さな光る画面を私の方へ傾け、「ほら、見て」と色々なものを見せてくれた。
粗い画質で撮られた友達との写真や、不思議なメロディが流れる着信音。それに、画面の中で小さく動くキャラクター。図鑑に載っている怪獣たちとは全く違う、外の広い世界と直接繋がっているその機械が放つ光に、私はすっかり魅了されていた。
肩が触れ合うほどの距離で、ケイちゃんと一緒に小さな画面を覗き込む。田舎の祖母と二人きりの生活では決して味わうことのない、年上のいとこと共有するその時間は、寂しさに慣れきっていた私の心をじんわりと温めてくれるものだった。
携帯電話の画面を見ながら楽しく過ごし、私がその魔法の機械にすっかり夢中になっていた時のことである。
ふいに、ケイちゃんが手を止め、画面から顔を上げて私の方を見た。そして、どこか悪戯っぽいような、大人びた表情を浮かべてこう切り出したのだ。
「仁覚ちゃんはさ、赤ちゃんの作り方、知ってる?」
それは、大人の階段を少しだけ登り始めている小学校高学年特有の、自分が先に得た「秘密の知識」を幼い子供にひけらかしたいような、少し背伸びをした質問だったのだろう。彼女の瞳は、私がどんな反応をするのかを楽しみにしているように見えた。
しかし、五歳の私にとって、その質問には大人が想像するような「いやらしさ」も「恥ずかしさ」も一切存在していなかった。
私の頭の中に浮かんだのは、ただ純粋な、疑問符だけである。
赤ちゃんというものは、一体どうやって「作る」のだろうか。工場で機械が組み立てるのだろうか。それとも、私が一人遊びでやっているように、土や粘土をこねて形を作るのだろうか。怪獣が宇宙からやってきたり地底から現れたりするように、赤ちゃんにも特別な生まれ方があるに違いない。
「……知らない。どうやって作るの?」
私は携帯電話から目を離し、ケイちゃんの顔を真っ直ぐに見上げて聞き返した。
そこに照れ隠しなどは一切ない。図鑑の解説文を祖母に読んでもらって新しい怪獣の知識を吸収する時と同じ、世界の成り立ちに対する全く無垢で純粋な知的好奇心だけが、私の目を輝かせていた。
大人の入り口に立つ従姉と、まだ世界のルールを何も知らない無垢な五歳の私。
小さな携帯電話の画面を挟んで交わされたその奇妙で微笑ましいやり取りは、孤独な日々の中に差し込んだささやかな光のようでもあり、私の小さな世界がまた一つ、未知の扉を開こうとした静かな瞬間であった。
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