第23話 怪獣の最後
それは、いつもと変わらない退屈な午後に、唐突に起きた出来事だった。
私がいつものように家の近くの小川のほとりに座り込み、水面を眺めながら一人で時間を潰していた時のこと。ふいに背後から声が掛かり、顔を上げると、そこには小学校の中高学年ほどに見える数人の男の子たちが立っていた。
遠くに離れて暮らす兄よりもずっと大きな「お兄さん」たちに見下ろされ、私は少し身をすくませる。
しかし、同時に胸の奥で小さな喜びが弾けた。親元を離れた田舎町で、同年代の友達もなくずっと孤独だった私にとって、誰かに遊びの輪へ誘い込まれるような声掛けは初めてのことだったのだ。
少し誇らしい気持ちで自分の名前を名乗る。狭いコミュニティゆえか、彼らの一人は私のことを「東京から来た子」だと知っているようだった。弟か妹が私と同じ保育園に通っていたのかもしれない。
何をしようかという無邪気な相談が始まり、誰かが「ウルトラマンごっこ」を提案した。
その言葉を聞いた瞬間、私の心は大きく跳ね上がる。祖母に買ってもらった図鑑を毎日擦り切れるほど読み込み、何百体もの怪獣を暗記していた私にとって、それは自らの価値を証明できる最高の舞台に思えた。
私は彼らの前に立ち、覚えたての怪獣の名前や特徴、その恐ろしさを一生懸命に語って聞かせた。相手が年上の小学生であろうと、怪獣への情熱だけは負けないという謎の自負があった。もっとも、彼らは途中から私のうんちくなど全く聞いてはいなかったのだが。
それでも構わなかった。遊びの配役が決まる時、私は自ら進んで、誇りを持って「怪獣役」を志願し、その立ち位置を見事に勝ち取ったのだ。
「グルルル……!」
喉の奥で唸り声を上げ、両手を振り上げて迫り行く怪獣の佇まい。私は完全に図鑑の中の異形の生物になりきっていた。
しかし、正義のヒーローであるはずの彼らが突きつけてきたのは、両腕を十字に組む光線のポーズではなかった。グループの中で一番年上らしい少年が、どこからか黒光りする重たいモデルガン(エアガン)を取り出し、私へ向けて銃口を構えたのである。
パンッ、という乾いた破裂音とともに、プラスチックの硬いBB弾が私の体に撃ち込まれる。
当時の私はまだ自分自身のことをよく分かっていなかったが、私には「鈍麻」という、身体的な痛みに対して極端に鈍い特性があった。通常であれば、近距離からエアガンで撃たれれば子供は泣いて逃げ出すだろう。しかし、私は皮膚に弾丸が当たる衝撃を感じても、それを「痛み」として脳で処理することができなかった。
痛がらず、怯みもせず、ひたすらに唸り声を上げて暴れ回る怪獣。
服の下の皮膚に無数の痣ができていることにも気づかないまま、私は彼らに向かって突進を繰り返す。その痛覚の欠如した異様なタフさが、結果として少年たちの残酷な加害欲に火をつけてしまったらしい。
「こいつ、全然痛がらねえぞ!」
面白がって笑い合う声。私の身体を標的としていた銃口は、やがて無慈悲にも私の「顔面」へと向けられていった。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
放たれた一発の弾丸が、私の目の中に直接着弾した。
その瞬間、鈍麻という厚い壁を突き破り、脳天を貫くような鋭く強烈な激痛が全身を駆け抜けた。視界が真っ白に弾け、私は悲鳴すら上げられないまま地面に崩れ落ちる。
両手で顔を覆い、泥だらけの地面を狂ったように転げ回った。痛い。目玉が焼け焦げるように痛い。涙と鼻水が溢れ出し、口からは獣のようなうめき声が漏れる。
それでも、遊びと暴力の境界線を見失っていた少年たちは非情であった。悶え苦しむ怪獣に対し、彼らはさらに追撃の弾丸を撃ち込み続ける。
カチッ、パンッという音が響くたびに体に弾が当たるが、もはや目玉の激痛の前に他の感覚は完全に麻痺していた。
やがて、私のあまりにも尋常ではない泣き叫び方と、一向に立ち上がろうとしない姿を見て、ようやく事の重大さと恐ろしさに気づいたのだろう。少年たちは顔を見合わせると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
一人取り残され、小川のほとりでうずくまって泣き続けていた私は、通りがかった近所の人に発見され、すぐさま病院へと運び込まれることとなる。
冷たい診察台の上で下された診断は、角膜の損傷。少しでも当たり所が悪ければ、完全に失明していたかもしれないほどの深い傷だった。
後日、この事件は大きな問題となり、私の証言から近くの小学校に聞き取り調査が入り、私を撃った少年は特定された。一度だけ、親に連れられて私の家へ形式的な謝罪に訪れたものの、彼と目を合わせることはなく、当然ながらそれ以降一緒に遊ぶ機会など二度と訪れなかった。
怪獣への純粋な情熱と、痛みを知らない無邪気な身体が引き寄せた残酷な悲劇。
あれから長い年月が経った今でも、私の片方の目は視力が極端に悪いままだ。霞んでぼやける視界の端で、あの日の少年たちの無責任な笑い声と、銃口の向こうで一生懸命に怪獣を演じていた幼い自分の姿が、癒えない傷跡として静かに疼き続けている。
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