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第20話 蛙の卵


 親元を離れた田舎での生活。保育園以外で同年代の子供と関わる機会もなく、私には一緒に遊ぶような友達がいなかった。


 そのため、保育園から帰った後は、一人で家の近くにある小川のほとりで時間を潰すのが私の日常である。


 その日も、草むらにしゃがみ込んで一人遊びをしていると、水際で不思議なものを見つけた。透明なゼリー状の長い筒の中に、黒くてキラキラと光る小さな玉がいくつも整列している。それは蛙の卵だったのだが、当時の四歳の私にとっては、まるで水の中に隠された宝石のように輝く、無垢で美しい宝物に見えた。


 私はそれを両手でそっとすくい上げ、大切に家へと持ち帰る。泥だらけの手で宝物を差し出す私を見て、祖母は困ったように苦笑いを浮かべた。それでも頭ごなしに怒ることはせず、水を張ったバケツを用意してくれ、玄関の隅に置いておくようにと優しく言ってくれたのである。


 その日の夜は、私にとって特別な時間になるはずだった。


 数ヶ月ぶりに、母がこの家へ会いに来てくれる日。ずっと会いたかった。毎晩一人きりの布団の中で泣きながら、ただひたすらにその優しい声と温もりを求めていた大好きな母。ついに会えるという喜びに、私の胸は張り裂けそうなほど高鳴り、玄関の扉が開くその瞬間を今か今かと待ちわびていた。


 やがて、玄関の引き戸がガラリと開く。


 「お母さん!」と弾むような声を出そうとした瞬間だった。家の中へ足を踏み入れた母の視線が、ふと足元に置かれたバケツの中身に落ちる。その途端、玄関の空気が一瞬にして凍りついた。


「なんでこんな物拾ってくるの!!」


 鼓膜を劈くような、ヒステリックな怒鳴り声。

 状況を理解する間もなく、バシッという乾いた破裂音が響き渡る。頬に走る鋭く熱い痛み。母の掌が、私の顔を激しく打ったのだ。


 頬を押さえながら見上げた母の顔には、かつて私を優しく抱きしめてくれた穏やかな面影は微塵も残っていない。終わりの見えない過酷な介護生活の重圧に精神をすり減らし、完全に余裕を失ってしまった一人の女性の荒れ狂う姿がそこにあった。


「今すぐ捨ててきなさい!」


 冷酷に言い放たれる命令。久しぶりに会えた母から与えられたのは、温かいハグではなく、理不尽な暴力と拒絶であった。


 私は恐怖で声も出せず、泣きながら宝物の入ったバケツを抱え、暗い夜の小川へと走り出す。そして、あんなに綺麗だと思っていた蛙の卵を、涙で視界を滲ませながら水の中へと流し捨てた。


 真っ暗な外の空気に震えながら、急いで家へと戻る。


 玄関のドアノブに手をかけ、引こうとした。しかし、扉は開かない。ガチャン、という無機質な金属音が鳴るだけである。


 内側から、鍵がかけられていた。


 焦りが全身を駆け巡る。何度もドアを叩き、「開けて! お母さん、開けて!」と必死に叫ぶものの、家の中からは何の反応もない。足音すら聞こえてこない。それは単なる締め出しではなく、母からの明確で意図的な拒絶を意味していた。


 暗い夜の外に取り残される恐怖と、何より、すっかり変わってしまった母に切り捨てられたという決定的な絶望感が小さな胸を容赦なく締め付ける。


 どれくらいそうして泣き叫んでいただろうか。しばらくして、異変に気づいた祖母が慌てた様子で玄関の鍵を開け、私を家の中へと招き入れてくれた。


 明るく温かいはずの家の中。そこには、背中を向けたままこちらを見ようともしない、まるで別人のようになってしまった母の姿がある。


 私はその冷たい背中を見つめながら、声を上げて泣くことすら許されないような息苦しさの中、ただ静かに、ポロポロと涙を流し続けることしかできなかった。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

私の人生録が、少しでもあなたの心に触れたり、「この先どうなるんだ」と興味を持っていただけたなら幸いです。

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何卒、よろしくお願いいたします。

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