第19話 沈んだままの心
季節が巡り、私は四歳の誕生日を迎えていた。
親元を離れてから数ヶ月が経ち、身体は少し大きくなっても、心の中にポッカリと空いた穴が塞がることはない。祖母の優しい嘘に守られながら、私は相変わらずあの恐ろしいプールの時間を休み続けていた。
他の園児たちが水着に着替え、歓声を上げて水しぶきを飛ばしている間、私は一人、静まり返った教室の片隅で粘土をこねる。指先で形を変えていくひんやりとした土の感触。自由に想像の世界を作れるその時間だけが、この孤独な保育園において唯一息をつける「聖域」であった。
しかし、私がずっと教室に残り、楽しそうに粘土遊びをしているのを見た何人かの園児たちが、次々と私の真似をしてプールを休むようになる。
「熱がある」「お腹が痛い」と適当な口実を作り始めたのだ。私自身の自己防衛のための静かな逃避は、意図せずして周囲の子供たちへと小さな波紋を広げてしまっていたらしい。
その日も、私は机に向かい「今日は何を作ろうか」と無心で粘土を丸めていた。
そこへ突然、園長先生がドカドカと怒気を孕んだ足取りで教室へと踏み込んでくる。その顔には明らかな苛立ちが浮かんでいた。有無を言わさぬ強い力で腕を引かれ、プールを休んでいた私たちは全員、あの塩素の独特な匂いが充満するプールサイドへと無理やり連行される。
「これからは、プールをさぼることは絶対に許しません! わかりましたか!?」
見下ろす園長先生の顔は、幼い子供を威圧するには十分すぎるほど恐ろしい形相である。響き渡る怒声と、圧倒的な大人の圧力。その暴力的な空気の前に、周りの園児たちは一人、また一人と恐怖で泣き出し、「ごめんなさい、真面目にプールに入ります」と震えながら屈服していく。
仲間たちが次々と涙を流して脱落していく中、私だけは頑なに首を縦に振らなかった。
四歳になったとはいえ、水への根源的な恐怖が消えたわけではない。それに加え、理不尽に服従を強いる大人への私なりの意地もあった。何度凄まれても、絶対に頷かない。床を睨みつけ、唇を噛み締めて黙秘を貫く。
最後まで拒否し続ける私に対し、園長先生の怒りはついに限界を超えたようだった。
次の瞬間、私の小さな体は、園長先生の大きな手によって荒々しく持ち上げられる。
宙に浮く奇妙な浮遊感。そしてあろうことか、服を着たままの状態で、容赦なく水の中へと放り投げられたのである。
ザバーンという鈍い音とともに、全身が冷たい水に飲み込まれていく。
息ができず、鼻の奥にツンとした激しい痛みが走り、恐怖の対象であった水が私を四方から締め付ける。パニックに陥りながらもがき苦しむ私を、大人はただプールサイドから冷たく見下ろしていた。服が水を吸って重くなり、上手く動かすことのできない手足。死の恐怖すら感じるその数秒間は、永遠のように長く感じられた。
さらに残酷だったのは、その日の帰り際の園長先生の対応である。
迎えに来た祖母に対し、私の服が朝と別のものに変わっている理由を、平然とした顔でこう説明したのだ。
「仁覚ちゃんが、今日はお漏らしをしてしまったから着替えさせました」
自分の暴力を隠蔽するための、あまりにも卑劣で悪びれない大人の嘘。祖母はそれを疑うこともなく信じ、園長先生に向かって「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と深く頭を下げている。
ずぶ濡れになり、恐怖で震えが止まらない私には、それに反論する気力も、真実を訴える言葉も残されてはいない。ただ、祖母の小さく丸まった背中を見つめることしかできなかった。
絶対的な力による支配と、吐き気を催すほどの不条理。
四歳という幼い心で味わったあまりにも理不尽な暴力により、私の心はプールの冷たく暗い底へと深く沈み込み、二度と水面へと上がってこれないような、決定的な絶望感を味わっていたのである。
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