第1話 最初の記憶
私には生まれた時の記憶がある。
人が生まれ落ちる瞬間の記憶を持っていると言うと、大抵の人間は笑うか、あるいは怪訝な顔をする。だが、私にとってそれは、決して消え去ることのない鮮烈な原体験だ。
私の最初の記憶は、言葉よりも、風景よりも先に、「苦しさ」から始まる。
迫り来る壁に全身を押し潰されるような、絶対的な圧迫感。暗闇の中、身動き一つとれないまま、抗うことのできない巨大な力によってひたすらに押し出されていく。
とにかく苦しい。息ができない。
だが、その強烈な苦しみが、泥のように曖昧だった私を覚醒させたのだ。絶望的なまでの苦痛が、私に「私」という自我をはっきりと与えた。
もがくことすら許されない閉塞感の先、暗闇の向こう側に、微かに揺らぐものが見えた。
光。
まぶたの裏に透けるそれは、赤く明るい場所だった。今のこの息の詰まるような苦境から逃れるには、あそこへ行くしかない。生命としての本能が、あの赤く明るいその場所へ行きたいと激しく焦燥を掻き立てる。
私は必死に、ただその光だけを頼りに前へと向かった。
やがて、全身を締め付けていた強烈な抵抗がふっと途切れ――私は、なんとかその場所へ辿り着いた。
しかし、光の先に待っていたのは、求めていたような温かく優しい場所ではなかった。
抜け出した瞬間に感じたのは、肌を容赦なく刺す鋭く冷たい空気と光。羊水に守られていた安心感は完全に消え失せ、何にも繋がっていない、宙に投げ出されたような奇妙な浮遊感が全身を襲う。
薄く開いた目に飛び込んできたのは、ひたすらに赤く染まった世界だった。血の色なのか、まぶたを通して見る外の光のせいなのかは分からない。ただ、その異質な赤さと、底知れない世界の冷たさが、たまらなく怖かった。
ここはどこだ。なぜこんなにも寒いのか。
私は、全身を粟立たせる恐怖と、ただ「生きたい」という剥き出しの衝動のままに、ありったけの力を振り絞った。小さな肺に初めて空気を吸い込み、外の世界へ向けて力一杯に叩きつける。私がここにいることを、この恐怖を、誰か知ってくれ、と。
産声という名の絶叫で、頑張って想いを伝え切った後、限界を超えた肉体は急激に力を失っていった。
すべてを出し切った圧倒的な疲労感が押し寄せてくる。赤い世界も、刺さるような寒さも次第に遠のいていく。
私は疲れ切って、泥のような深い眠りの底へと沈んでいった。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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