第16話 かき消されたSOS
あの日の出来事からしばらくして、私は幼児退行のような状態に陥っていたように思う。
日中の生活や夜の睡眠中を問わず、頻繁にお漏らしをしてしまうようになったのだ。今の視点で振り返れば、それは幼い心が限界を超えて悲鳴を上げている明らかなサインであり、きちんと病院へ連れて行ってもらうべき状態であった。
しかし、当時の我が家において、三歳児の心のケアなどに構っていられる余裕は一切残されてはいない。私たちの日常を根本から覆す、あまりにも巨大な問題が勃発していたからだ。
事の発端は、父方の祖母に重度の介護が必要になったことだった。
父の出身地である田舎には、未だに古き悪しき「男尊女卑」の風習が色濃く根付いている。長男である父の嫁、つまり私の母が、祖母の介護のすべてを一人で担うべきだという無言の圧力が、親族全体から容赦なく突きつけられたのだ。
現代の感覚からすれば到底理解し難い、理不尽極まりない悪習と言わざるを得ない。だが、当時の母にはその絶対的な空気に抗う術など用意されていなかったのだろう。
この介護問題を境に、東京で身を寄せ合って暮らしていた私たち家族は、無残にもバラバラに引き裂かれることとなる。
父は夜勤のある仕事を手放すわけにはいかず、そのまま東京の家に取り残される形に。
学校を変えたくないという事情を抱えた兄は、父の不規則な勤務時間の都合もあり、平日の夜間だけあのお金持ちの幼馴染・ヒロキくんの家で預かってもらう生活が始まる。
そして母は、たった一人で田舎の祖母のもとへ向かい、終わりの見えない付きっきりの介護生活へと身を投じていく。
一つの家で共に食卓を囲んでいたあたたかい日々は、あっけなく終わりを告げたのである。
残された私はというと、母の実家である祖母のもとに、たった一人で預けられることが決まった。
今でも、ふと考えてしまう瞬間がある。
本当に、家族が離れ離れにならない方法は他に一つもなかったのだろうか、と。
福祉の制度を頼るなり、何か別の選択肢を探るなりできたのではないかと思ってしまうのは、私が当時の田舎の過酷な現実や、介護現場の複雑な事情を何も知らないからなのだろうか。
当然ながら、幼く無力だった私に意見を述べる機会など与えられるはずもない。
大人の事情という巨大な波に押し流されるようにして、私は母の実家へと送られた。
見知らぬ天井を見上げ、母のいない夜を過ごす。
ここから、実に三年にも及ぶ、長く寂しい親元離れの生活が幕を開ける。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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